木、金はスケジュール空けておいて

　安寧は一変して、テレビ局からのオファーが絶えず続いた。

「レコード会社から、”木曜日と金曜日は全部空けておいて”と言われて。突然、生放送のオファーが来るので」

ーー上京はしなかったんですか？

「そうですね。今も昔も、ずっと大阪です。一時期は東京にも部屋を借りたり、何週間もホテル暮らしをしたこともありましたが、レコーディングメンバーは全員大阪にいましたしね」

ーー収録終わりに、ミュージシャン仲間と六本木で派手に遊ぶ、なんてことも？

「いや、収録が終わったらすぐに大阪に帰るので。人見知りする方なのでほかの人ともあんまりしゃべれないし。割と地味でしたね」

　一夜にして会社員から大ヒット歌手にＣＨＡＮＧＥした山根さんだが、感覚はまったくぶれなかった。

「それまで俺は、数ヶ月に一度とかでライブハウスでライブをやっていたんですが、この時期はツアーに出るとほぼ毎日歌うことになるじゃないですか。すごく不思議だったんですよね。いろんなところにいって、いろんな方とお会いして、俺はお客さんのことをもちろん知らない。でも、向こうは一方的に知っている。その感覚が、最初は“おかしいな”と感じていたんです。ライブハウスでやっていた頃は、いつも来てくれる方とか、手売りするときに買ってくれる方とか、そういう世界でしたから」

ーー自分にたくさんのファンがつく、という感覚が不思議だったんですね。調子に乗ったりしなかったんですか？

「調子……に、乗る……？」

　初対面から人柄のよさがにじみでていた山根さんだが、人気ミュージシャンとして女性を中心とするファンから嬌声を浴びる＝調子に乗る、というごく一般的な２０代男性の感覚が、すっぽりと抜けていたようだ。

「手を振ってみると、向こうも手を振り返してくれて、いちいちおどろくといいますか。追いつかない感じでした」