思い切りのいい発言と、とにかく明るい笑い声で、ラジオリスナーから圧倒的な支持を得ている外山惠理アナウンサー(48)。外山さんの番組には、いつも春の陽射しのような温かさが満ちあふれている。しかし、その温かさは数々の壮絶な「CHANGE」を経たからこそ、生まれたものだった。【第1回/全5回】

TBSアナウンサー・外山惠理 撮影/三浦龍司

失敗に終わった『チューボーですよ!』

「こんにちは」。放送のように明るく元気にあらわれるかと思いきや、外山惠理アナウンサー(48)は極めて自然に、スッと取材場所に入ってきた。「自然体」。外山さんをそう表現する人は多いが、その自然体は長い苦闘の末に手に入れたものだった。

 1998年にTBSに入社した外山さんは、その翌年、堺正章(77)が司会を務める料理番組『チューボーですよ!』の2代目アシスタントに抜擢される。初代アシスタントは当時、人気だった雨宮塔子アナウンサー(53)が務めていた。局はそれだけ外山さんに期待していたのだ。

外山「入社当時は、私に対するまわりのイメージと自分自身とのギャップにすごく苦しみました。なんでも失礼なことを言えちゃう面白い子だと思われていたようで。私は入社してからの研修で、“自分はこんなに話すことができないんだ、こんなに世の中を知らないんだ”って思い知って、一気に30歳ぐらい年をとったような感じでしたね」

「雨宮さんのようにはできない」と、出演を固辞した外山さんはまだ新人だった。要望が通ることはなく、制作側としては、堺さんやゲストに果敢に絡んでいく外山さんを期待していたのだろうが……。

外山「それができなかったんですよね。これ言ったら失礼なんじゃないかとか、自分が言われて嫌なことは聞きたくないですし。そう考えちゃうっていうのは、まわりが思っている以上に、私がまじめだったんだと思います。視聴者から、なんであのアシスタントはつまらなそうな顔しているんだって、電話がかかってきたりもしましたし、私がやるべきじゃなかったんですよね」

 結果、外山さんは『チューボーですよ!』を半年で降板する。