アーバンギャルドは心の闇や古今東西のカルチャーのオマージュがちりばめられた歌詞、赤と白の水玉模様が多用される衣装など独特な世界観でリスナーを魅了している。ファンから熱烈な支持を集め、18年には10周年、23年には15周年記念公演を中野サンプラザにて開催し大成功を収めた。メンバーの脱退などを経験しながらも活動を続けてきたアーバンギャルドの転機ー「THE CHANGE」は、どのようなものだったのだろうか?【第1回/全5回】

アーバンギャルド(左からおおくぼけい、浜崎容子、松永天馬) 撮影/冨田望

 一人ずつ取材場所の会議室に現れたアーバンギャルドのメンバーたちのなかで、最初にやってきたのは浜崎容子さんだった。すっと背筋が伸びた佇まいに、思わずこちらも姿勢を正す。続いておおくぼけいさん、松永天馬さんが登場して全員揃うと、そこにはステージ上で目にすることができるきらびやかなメンバーがいた。

 ぱっつんの前髪に、赤と白の水玉模様をモチーフにした華やかな衣装を身にまとい、“ショートケーキの歌声”とも評されるほどきれいな声で歌う、バンドのアイコンともいえる存在がボーカルの浜崎さんだ。彼女がアーバンギャルドに加入したきっかけはなんだったのだろうか。

松永天馬(以下、松永)「アーバンギャルドは、浜崎さんより前に前任のボーカルが何人かいたんです。でもみんな辞めていってしまった……。そこで『mixi』でボーカルを探し始めました。

 mixiの中に、“宅録女子”や、“テクノポップ”、“DTM(DeskTop Musicの略。パソコンを用いた音楽作成の総称)”というコミュニティがあったんです。そこにどんどん『足あと(*mixiには足あとという形でプロフィールの閲覧ユーザーの記録が残る仕組みがあった)』を付けていったんです。その中で、浜崎さんの存在は、最初のころから目を付けていました」

浜崎容子(以下、浜崎)「毎日“松永天馬”という人から足あとが来たので、名前で検索してみて、そこでアーバンギャルドを知ったんです。私はテクノポップが好きだったんですが、関西に住んでいるとそういう情報が全然入ってこなかった。でも、当時のアーバンギャルドの曲を聞いて、“勿体ないなぁ"って思ったんですよ」

松永「“勿体ないなぁ”といいますと……」

浜崎「(ポツリと……)私がボーカルだったらもっと売れるのに」

松永・おおくぼ「ははは」

松永「そんなタイミングで、松永天馬から浜崎さんに“ボーカルやってみませんか”ってメッセージが届くんですよね。浜崎さんが、『pop'n music』(*音楽ゲーム。音楽に合わせて流れてくるノーツに合わせてボタンをタイミング良く押して遊ぶ)の曲を歌っている音源を聞いて、“この人がいいんじゃないかな”って思ってご連絡をしたんです」

 06年ごろ、浜崎さんは『pop'n music』内の「いつか王子様がぁ!」という楽曲のボーカルをつとめていた(※「グルーヴあんちゃんとヨコリィー」名義)。松永さんは、実際にアーケードゲームで遊んで浜崎さんの歌声を確認したという。

松永「意を決してmixiメッセージを送信したら、浜崎さんから“私は関西に住んでいるので、こちらまで来てくれたら会ってあげますよ”っていう返信が来たんです。僕は“かしこまりました!”って言って、すぐに夜行バスに乗って会いに行きました」