『幸福の黄色いハンカチ』山田洋次監督からの電話

 ドッキリかと思いつつも会いに行ってみると、そこには山田洋次という私の大好きな監督さんがいて「映画を経験してみませんか」と、それはそれは柔らかい語り口調でおっしゃるのです。

 題名は『幸福の黄色いハンカチ』。ピート・ハミルというライターが、ニューヨークタイムズに書いた記事を基にして作られた、『幸せの黄色いリボン』というフォークソングをベースにした作品で、主演はなんと高倉健。

 演技なんてまったく分からないのに、私はこのチャンスにすがりつきました。

 刑務所から出てきた主人公の勇作が、丼にすがりつくように頭を突っ込んでカツ丼を食べるシーンのために、前日から食事を取らずに臨む、健さん。

 私が何度も何度もNGを出し続けている間、ご自分の立ち位置から動かず、気持ちを作り続けている、健さん。

 私と、桃井かおりがケンカしていると「やかましい!」と怒鳴り、自ら運転してステーキハウスに連れて行ってくれた、健さん。そこで私と桃井がバカバカたばこを吸っても怒らなかった、健さん。

 そうやって3人で過ごす時間が増えたことで「だんだん3人が、3人らしくなってきたね」と言ってくださった、山田監督。

 映画というものが、どれほどの集中力と情熱を傾けて作られるのかということを、山田監督と高倉健という俳優から学ぶことになりました。

武田鉄矢 たけだ・てつや
1949年4月11日生まれ。福岡市出身。1972年にバンド『海援隊』でデビュー。『母に捧げるバラード』『贈る言葉』など大ヒット曲を生み、『NHK紅白歌合戦』にも出場。1977年には映画『幸福の黄色いハンカチ』で俳優デビュー。以降、多くの映像作品に出演し、特に1979年に主演したテレビドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)は、2011年まで続く国民的な人気ドラマとなった。