1970年に劇団文学座に入り、数多くの舞台作品に出演したのち、本格的に映像の世界にも進出。1991年の『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)でその名を全国区とした俳優・西岡徳馬(※徳は旧字)。それ以降、舞台、テレビ、映画、さらにはバラエティ番組と幅広く活躍する彼の「THE CHANGE」に迫る。【第2回/全2回】

西岡德馬 撮影/石渡史暁

 結局、役者に問われるのは想像力ですよ。経験も大事だとは思うけど、それだけじゃ、殺人者なんて演じられない。人を殺した経験なんてないんですから。だから、ひたすら想像する。

 顔の表情だけじゃ、観客の心には届きません。思って、思って、内側から役を作っていく。どうして、そういう行動に出たのか。そのとき、何を思い浮かべたのか… …。

 つまり、芝居をするということは、どんどん思い込み、ゾーンに入ることでもあるんです。そして、ゾーンに入るためにはリミッターを外してしまわないといけない。リミッターを外すことで、自分でさえ予期していなかったものが表現できるようになる。そうやって、未知の自分を引っ張り出すのが芝居の面白さだと俺は思います。

 これは人生も同じでね。「西岡さん、若いですね」とよく言われるんだけど、それは自分で自分にリミッターを設けていないから。

 俺の人生はこれから。この先、新たな挑戦をすれば、そこで自分でもワクワクするような化学反応が生まれるかもしれない。だから、ジジイじゃいられない。

 30年以上も前、つかこうへいが俺のために書いてくれた舞台『幕末純情伝』では、赤のブラジャーとパンティ、女物の赤い網タイツをはいて、「ワシが土佐の坂本龍馬じゃ」とやっているからね。つかこうへいという天才が、俺のリミッターを外してくれたとも言えます。ちょうど、そのころ俺は、よく行く渋谷のバーのマスターに九州弁でハッパをかけられたんです。