『オールナイトフジ』『東京ラブストーリー』(ともにフジテレビ系)や『マジカル頭脳パワー!!』(日本テレビ系)など人気番組に多数出演していた千堂あきほ。CMにも引っ張りだこで派手なイメージだった彼女はいま、子育てをしながら畑仕事をし、そして地元の魅力を伝える漁協女性部応援大使になっていた。そこに至るドラマ、「THE CHANGE」とは――。

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11年前に北海道へ移住

 現在、北海道に移住して11年目だという千堂さんは、出身が兵庫県で芸能活動は東京。馴染みがない北海道に移住した理由の一つに、東日本大震災があった。拠点を関西にして2000年に結婚し、2008年に長女を出産。ふたり目を産むタイミングのとき、いくつかの理由が重なって、2011年に旦那さんの実家がある北海道へ移り住む。出産を終えたら関西へ戻ろうと考えていたが、移住して1カ月後に東日本大震災が発生。震災の翌月、無事に子どもを出産した頃にはすでに北海道で生活していこうかなと考え始めていたという。

「出産を機会に自分自身も子どもと一緒に一から何かを始めるというのも面白いかなって」と語る千堂さん、「移住した」というより「ここはいいところだな」というのが11年ずっと続いているような感じなのだそうだ。

学園祭出演、深夜生放送の司会、ドラマ撮影…、睡眠は新幹線の中

――忙しかった時期の思い出などお聞かせください。  

「高校を卒業してから事務所の電話番をしたり、レッスンをしたり、東京ローカルのテレビドラマに少し出させていただいたりしていました。

 私には当時、”パワフルフレーバー千堂あきほ”というキャッチフレーズがついていたんですよ。小さくてかわいらしいアイドルというより、元気な女の子ということをアピールして売り出されたのだと思っています。その中で『オールナイトフジ』のメイン司会者に決まったんです。

 学園祭への出演と同時並行で深夜の生放送の司会をやりつつ、ドラマ『東京ラブストーリー』の撮影もして、さらに新潟のテレビ番組にも出ていた時期がありまして。その頃は家に帰ったら着替えて寝ずに出発して上野から新潟までの新幹線で2時間、帰りの2時間を睡眠に充てるという生活。80年代アイドルさんはもっとすごいという話も聞きますけど、私の場合は20歳前後がそのような形で一番忙しかったかなと思います」

――そうなると心身ともにもキツかったのでは?

「体調は悪かったですよね。でも当時は悪かったと言えなかったんです。ストレスからくるものなのか、なんなのかよくわからないまま仕事をこなしていたのもあります。女性として毎月のものが遅れたり、肌荒れもありました。肌が荒れていても画面に映らなくてはいけないし、どうしよう……という悩みでまたストレスを抱えて、もう悪循環でしたね。

 周囲から心配されても大丈夫だと答えていたから病院にも行けない。もうすべてが空回りしていたように思えます。そんな時代が2~3年続き、それが少し楽になった頃に病院に行ったら胃潰瘍になっていたんですよね。親にも他人にも弱音を吐いてはいけない体育会系の性格もあったし、私の代わりがいないから薬を飲んで抑えてしまおうとか、無茶をして体によくない時間を過ごしてきたかもしれません」