好きではなかった“子ども”との生活がいまは面白い
そもそも結婚はしたものの、子どもは20代のうちに産むか産まないかと考えていたそうだ。だがパートナーが早く子どもがほしいと思っていたため、金原さん自身は心の準備ができないままに出産する事態となった。
「もともと私は、赤ちゃんや子どもが苦手なんです。まったく好きではなかった。当時はいまより、母性のない女への憎しみが世間にあふれていました。だから子どもが嫌いなんて、とても言い出せるような空気ではありませんでした。生きづらさや苦しさ、居場所のなさが強かったですね。そんな状況で心の準備がないままの出産だったから、よけい子育てが重くのしかかったんだと思う。
自分でも驚きましたが、自分の子はかわいかったんです。ただ、子どもが大きくなるにつれてわかってきたのは、やはり私にとっては小説に限らず、言語化が重要だということ。だから子どもたちが大きくなればなるほど、個と個として言葉を交わしていけるおもしろさがどんどん増していきました」
言語化とは、筋道立てて説明することだけではなく、言葉で感覚をつかんでいくことだと言う。それができないと、あらゆるものの輪郭がぼやけていく。
「言語化して浮き彫りにしていく。それは私にとって自分や他人、社会の輪郭をつかむための手段です。だから子どもたちの言葉は興味深い。自分とはこんなに違うんだというショッキングな対象として存在していますし、ふたりの娘たちがそれぞれ違うのもおもしろい。娘たちも“どうしてそんなふうに考えるの?”と、私に対してびっくりしていることも多々ありますね」
10代になった娘たちからは、いまどきの若者事情を聞けるのが楽しいと笑った。
金原ひとみ(かねはら・ひとみ)
作家。1983年生まれ、東京都出身。2003年『蛇にピアス』(集英社)ですばる文学賞受賞。翌年、同作で芥川賞受賞。’10年、小説『トリップ・トラップ』(KADOKAWA)で織田作之助賞、’12年、『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞など、あまたの文学賞を受賞。’12年から2女を連れてフランスに移住、’18年に帰国。今回、初の試みとしてオーディオファースト作品『ナチュラルボーンチキン』を書き下ろした。
『ナチュラルボーンチキン』
配信日:5月17日(金)
著者:金原ひとみ
ナレーター:日笠陽子
配信URL:https://www.audible.co.jp/pd/B0D33K53SM
あらすじ:仕事と動画とご飯のルーティン生活を送る、45歳一人暮らしの労務課勤務・浜野文乃(はまのあやの)。趣味も友達もなくそれで充足した人生を歩む浜野は、ある日上司の命令で、在宅勤務ばかりで出社しない編集部の平木直理(ひらきなおり)の家へ行くことになるのだったが、その散らかった部屋には、ホストクラブの高額レシートの束と、シャンパングラスに生ハム、そして仕事用のiPadが転がっていて──。 金原ひとみが贈る、中年版「君たちはどう生きるか」。