満を持してパリへ「チャンスが沸き起こった」

田中「踊りというのは、芸術的な舞踊以外にも、ありとあらゆるところにありますね。戦後の日本では、大人はなにかあるとすぐに宴会を開いて踊った。あるいは、結婚した女性たちは婦人会を作って、そこから盆踊りが広まっていった。それに、世の中には流行の踊りがありますよね。僕が若い頃なら、ディスコダンスとかゴーゴーダンスとか そんなものが流行っていました。

 そのようなことを20代の半ばまで夢中で調べていました。踊りというのは間口が広い。人類学、民族学、哲学、そういうものを含んでいます。当時の僕は踊りを夢中で勉強し、身体を使って自分なり踊りを探ることで、何かに、どこかに近づけるんじゃないかという気持ちがありました」

田中泯  撮影/川しまゆうこ

 クラシックバレエとモダンダンスなどを10年ほど学び、舞台にも出演を果たしていた田中は、1974年に独自の活動を開始、「ハイパーダンス」と呼ばれる独特のスタイルを作り出していく。ひとつの大きな転機となったのは、海の向こうに活動のフィールドを広げたことだ。最初の行き先は“花の都”パリだった。

田中「僕は予感として“そのうち海外に行くだろうな”とは思っていました。実際にパリに行く前にも、何度か『来ないか』と声がかかったことはあったんです。ただ、それらは自分のお金で行かなければならなかったし、直感的に“これは行かないほうがいいな”と思って断っていたんですね」

 慎重に機会をうかがっていた田中がパリに行ったのは1978年のことだ。その頃の田中は、ほぼ全裸に近い状態でのパフォーマンスが話題になっていた。

田中「現在も継続しているパリで最大の芸術祭である『パリ秋芸術祭』(パリ・フェスティバル・ドートンヌ=Festival d’Automne a Paris ※正しい表記は「a」にアクサン・グラーヴつき)。建築家の磯崎新さんと音楽家の武満徹さんが総合プロデューサーとなり手掛けた『間-日本の時空間 展』という、日本文化を中心にした、いまだに語り草になっている展覧会が1978年に起こりました。そのパフォーマンスの部門に僕が選ばれたんです。

 ご存知かと思いますけど、当時の僕は裸体のダンサーですから、すでに何度も警察のご厄介になっていたんです(笑)。その僕を磯崎さんや、武満さんが推薦してくれたんですよ。これは本当にラッキーでした。あのときの感覚は“チャンスが沸き起こった”というニュアンスが正しいですね」

 パリでの踊りが評判を呼びNYへ、翌年にはオランダ・アムステルダム市立美術館、1980年にはフランス・アヴィニョン演劇祭、イタリアのローマ・カラカラ浴場と、あげるとキリがないほど、各地で独舞を披露するに至る。日本という国で生まれた表現者が、諸外国で受け入れられたのだ。

田中「当時は1ドルが200円くらいでしたから、経済的には大変な面があったかもしれません。しかし、表現の部分では特に自分にハンディキャップがあるとは感じなかったんです。踊りそのものの間口は広いに決まっている。先程も言ったように、言葉より前に生まれたものですから。そういう意味での間口の広さを自覚していれば、どこの国でも特別なものにはならないんです。でも、『これが私の表現だ』と、自分の所有物のように考えてしまうと間口の広さがわからなくなる。1人の人間の間口なんてそんなに広いものじゃないですから」

 現在はまた円安となり、日本から海外に行く人の経済的な障壁になっている。しかし、田中の俳優デビュー作となった映画『たそがれ清兵衛』で共演した俳優・真田広之をはじめ、様々なジャンルで日本から海外に出て活動する表現者は増えている。

田中「それは当然のことだと思いますね。しかし、ハンディキャップとまでは言いませんが、島国である日本で育った感覚は、簡単に拭えないですよね。島が連なった国の人々の平均的な性格のようなものが我々にはある。そこが、ひとつの課題になることはあるように思えます」

 海外に活動範囲を広げて約45年。80歳を前にして、田中は今も世界各国で踊り続けている。

田中 泯(たなかみん)
1945年3月10日生まれ。クラシックバレエとモダンダンスの訓練を経て、1974年「ハイパーダンス」と名付けた独自のダンス活動を開始する。1978年には、パリ・ルーブル美術館で1か月間のパフォーマンスを行い、海外デビューを果たした。1985年、山梨県の山村へ移住。農業を礎としながら、国内外でのダンス公演は現在までに3000回を超える。一方、俳優としても活動し、デビュー作となった2002年公開の映画『たそがれ清兵衛』では、初映画出演ながら複数の賞を受賞。その後、多くの話題作に出演している。2022年には、その生き様を追った、ダンサー田中泯の本格的ドキュメンタリー映画『名付けようのない踊り』は釜山国際映画祭にノミネートされた。2024年4月からは、新田真剣佑と親子を演じた「Disney+」の配信ドラマ『フクロウと呼ばれた男』が公開。2024年3月にはエッセイ集『ミニシミテ』を講談社から出版した。

【書籍情報】
田中泯さんの著書『ミニシミテ』は講談社から発売中
​定価:1870円(本体1700円) ISBN:978-4-06-533569-7
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田中泯『ミニシミテ』