60年俳優を続けてわかったこと

ーー“何か”は見つかりましたか?

「何かがある、と言われるようになろうと思った。でもね、60年やってわかった。何もなくてもいいんだよ。空っぽのほうがいいもん。いっぱいだと人の新しい人生が入ってこないじゃないですか。“どんな人間でも入ってきますよ”と空にしておかないと。これは逆説的な言い方だけどさ。その言葉が素晴らしく転機になったんです」

 藤さんのとらわれない生き様が、言葉となってあらわれる。ふと、記者から、シャッターを切るカメラマンに視線を移して言う。

「いいね、この人。“笑ってください”と言わないから」

ーー“笑ってください”と言われることが苦手なんですか? 

「笑うことができるのはかっこいいんだけど、私にはできないんですよ。いちばんかっこいい人間というのは、やるべきことを黙々とやって、愚痴も言わずに、笑顔も美しい。……だけど、この"笑顔が美しい”というのが、私はダメなんだよね~。ほんとうに、笑うと急にこわばっちゃうんですよ。映画撮影のカメラの前ではすごく自然に解放されているから笑えるんですけどね。普段はほんとうに笑うのが下手ですね」

ーー今日は私たちがつまらないことを質問してしまったから、笑えなかった……とかでは……?

「(笑)あなたたちには、よく笑えたかもしれない(笑)」

 俳優歴62年の大ベテランは、チャーミングに目尻を下げてくれたのだった。

藤竜也 撮影/三浦龍司

ふじ・たつや
1941年8月27日、中国・北京に生まれる。大学在学中に日活にスカウトされ俳優活動をスタート。1962年公開『望郷の海』で映画デビュー。70年代初頭まで「日活ニューアクション」で存在感を放つ。テレビドラマで2枚目俳優として人気を博していた1976年、大島渚監督作『愛のコリーダ』で主演を務め、海外にもその名を轟かせる。近年は連続テレビ小説おかえりモネ』(NHK)や『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)など話題となったテレビドラマにも出演。7月12日公開映画『大いなる不在』で、第71回サン・セバスチャン国際映画祭のコンペティション部門でシルバー・シェル賞(最優秀俳優賞)を受賞した。

『大いなる不在』
卓(森山未來)は、ある日、小さい頃に自分と母を捨てた父(藤竜也)が警察に捕まったという連絡を受ける。
妻(真木よう子)と共に久々に九州の父の元を訪ねると、父は認知症で別人のようであり、父が再婚した義理の母(原日出子)は行方不明になっていた。卓は、父と義母の生活を調べ始めるが――。
監督:近浦啓
出演:森山未來 真木よう子 原日出子/藤竜也
7月12日より全国公開