27年前よりも時代としての理解度が近くなった

――やはり箱男になるためには、箱に入らないと。

「本編では<わたし>はすでに箱に入っているところから始まるので、その過程を自分も1度体験しておかないと。そこで寝るにしても、実際の体勢の感じも分かりますし。この姿勢は楽だなとか。実際に体験してみないと分からない。外を覗いているので、社会とコネクションはしてるんですけど、<わたし>には匿名性がある。そうした感覚も。説明が難しいですね。これはもう、1回入ってもらったほうがいいと思います」

――(笑)。

「ただ、今の東京はあまりにクリーンになってしまったので、街中で箱男の状態にはなれなかったんです。スタッフの方に近くにいていただいて、というのも違いますし。そこはちょっと残念なんですけど」

――箱男の、外の世界とのコネクトの話がありましたが、<わたし>は、社会の観察者に回ったようでいてまるで達観せず、内面が揺れまくっています。そこがとても面白いなと。

「そこが、この映画の中で<わたし>が、観ていただく方に一番近い存在なのかなと僕が思うところです。箱の中で世界に没頭しているんだけれども、写真を撮ったり日記を書いたりして自分の存在証明を残していたりする。同時に匿名性の自由度の快感も知っているし、怖さも知っている。でも生きていたら、僕らだってそうですよね。人生にはほんの小さなことでも迷うことがたくさんある。でも軍医(佐藤浩市)やニセ医者(浅野忠信)は違う」

――たしかに彼らも箱に魅せられて、箱に入りますが・・・・・・。

「軍医はタナトス(死の衝動)に、ニセ医者は“本物の箱男になるんだ”と突っ走っていく。対して<わたし>は、痒みや痛みを我慢しながら、でもかゆいなとか、タバコも吸いたいなとか、ニセ医者と助手の葉子(白本彩奈)のやりとりを覗いてイラっとしたり。ものすごく感情が出ている。そういった石井さんの描く箱男というのが、面白さのひとつですね」

――27年経って変わった部分も多いですか?

「27年前は、原作者の安部さんからの“娯楽にしてください”との言葉もあって、その色が強い感じでした。今回の方が、原作により近い脚本になったと思います。それから27年前よりも、今のほうが原作の世界への時代としての理解度が、近くなったと感じます。50年前の原作ですけどね。安部さんってどれだけ天才なんだろうと。27年前の時点でも、僕らはいまの世の中を予想できていなかった。だって、コレ(スマホを指して)、ひとりで2つ持ってる人も、(近くを見て)ほら、いるでしょう」

――そうですね。

「みんな、この箱の中(スマホ)の世界を、当たり前に生きている。自由度もあるし、恐怖もある。それがまさに原作で描かれている。石井監督と久しぶりにお会いして、『箱男』がついに撮影できるというときに、監督も“コレ(スマホ)じゃない?”とおっしゃってました。あらためて、安部さんの世界観のすごさを感じました」

 安部公房がスマホと、それに夢中の現代人を見たら、どんな感想を漏らしただろうか。

(つづく)

永瀬正敏(ながせ・まさとし)
1966年、7月15日生まれ。宮崎県出身。1983年に相米慎二監督の映画『ションベン・ライダー』でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督『ミステリー・トレイン』(89)で主演をつとめて以降、海外映画へも多数出演し、海外でも知られる俳優。また写真家としても活躍する。台湾映画『KANO~1931海の向こうの甲子園~』で、金馬奨で中華圏以外の俳優で初めて主演男優賞にノミネート。アジア人俳優として、『あん』『パターソン』『光』にてカンヌ国際映画祭に初めて3年連続で公式選出された。最新作は安部公房の小説を映画化した『箱男』。『五条霊戦記//GOJOE』(00)、『蜜のあわれ』(16)、『パンク侍、斬られて候』(18)などでも組んできた石井岳龍監督との、27年越しの悲願を実現させた。待機作に『徒花-ADABANA-』がある。

●作品情報
映画『箱男』
監督・脚本:石井岳龍
原作:安部公房
脚本:いながききよたか
出演:永瀬正敏、浅野忠信、白本彩奈/佐藤浩市
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
https://happinet-phantom.com/hakootoko/