あるときは、“鎌倉殿”を支える13人のひとり。あるときは“聖まごころ病院”看護師の父親。またあるときは、“寅ちゃん”と対立する、家事審判所の所長……。その正体は、創立45周年を迎える劇団スーパー・エキセントリック・シアター(以下、SET)で、歌って踊ってアクションする俳優・野添義弘である。長きにわたって、劇団と映像の世界で作品を支えてきた彼のTHE CHANGEとは──。【第2回/全5回】

野添義弘 撮影/有坂政晴

 SET(エスイーティー)……劇団スーパー・エキセントリック・シアターは、1979年に三宅裕司らが旗揚げした劇団で、野添義弘が初めて舞台を見たころは、まだ知る人ぞ知るという存在だったが、すでに熱狂的なファンが公演に押し寄せていた。

「池袋のシアターグリーンは、今でこそ建て替えられてきれいになっていますけど、当時は120人も入れば満席の小さな劇場。そこに200人近くがギューギューで入って、大笑いしているんですね。アクションと、ダンスとお芝居が一体になってて、あとでよく考えたらすごくブラックなテーマが秘められている。一発で魅了されました」

 オーディションで、得意のアクションを披露して合格。野添が劇団の一員となったころから、SETに追い風が吹き始める。

「シアターグリーンではお客さんが入りきれなくなって、渋谷ジャンジャン、下北沢の本多劇場、池袋サンシャイン劇場と、どんどん劇場が大きくなって、三宅さんがラジオとかで人気になる。後輩に岸谷五朗寺脇康文が入ってくる。劇団員でもチケットが取れないような状態になっていきました。劇団がものすごい勢いで成長する直前に入れたのは、運が良かったと思いますね」

 しかし、野添自身はまだ「くすぶって」いた。

「相変わらず、バイト、公演、バイトの生活で……。でも、38歳で結婚したときに決心したんです“もう絶対にバイトはしない”と」