歌舞伎を継承し、伝統の中に生きる

──実際に演じてみていかがでしたか?

「三代目菊五郎は、僕のひいおじいちゃんの、さらにひいおじいちゃんなんですが、いままでにないモデルケースを作った、ゼロイチの精神を持っている人なんです。歌舞伎って、ゼロから何かをというより、“時代を越えて伝えていく伝統芸能”という認識が強いと思います。
 でも当時は新作が多かったわけで、それまでにないものを作ってヒットさせていった時代でした。その時代のエネルギッシュな感覚と、お客さんがいてこその人気商売だという認識、その危機感を持ったなかで命がけの仕事をしていた俳優であるという思いを込めて、演じさせていただきました」

──たしかに当時の歌舞伎役者は、現代とはまた違う意識を持っていたでしょうね。

「あと三代目は、鏡を見て“オレはなんでこんなにいい男なんだろう”と言っていたような人らしく」

──そうなんですか(笑)。

「お岩さまに絡むエピソードだと、あの扮装(ふんそう)をして、楽屋から舞台に行くまで人に顔を見られないようにしていたなか、あるとき、廊下に隠れていて、通りがかった人に“どうだ、怖いか!”と驚かそうとしたらしんです。でも“毎日見ているので怖くないです”と言われたそうで。“怖がれ!”と殴ったとか(苦笑)。その次の日に、“これは殴られ賃だ”とお駄賃を渡して謝ったみたいですけど。結構めちゃくちゃな人だったと(笑)」

──いろんな逸話が残っているんですね。

「それくらいエキセントリックだったんでしょうけど、直接的で爆発的な演技だけではなくて、お岩さまのようなじっとりしたものもできる人だったと思うので、そこも意識しながら演じました」

 映画の場で初めてお岩に扮(ふん)した右近さんは、「歌舞伎の舞台でやってみたい」と、今年の6月、博多座での通し狂言『東海道四谷怪談』にてお岩、小仏小平、佐藤与茂七の3役を演じた。

尾上右近 撮影/有坂政晴

尾上右近(おのえ・うこん)
1992年5月28日生まれ、東京都出身。曽祖父は六代目尾上菊五郎。母方の祖父は俳優の鶴田浩二。’99年、7歳のときに舞伎座『舞鶴雪月花』の松虫で初舞台を踏む。’04年に新橋演舞場『人情噺文七元結』で、二代目尾上右近を襲名。’18年には浄瑠璃唄方の名跡、清元栄寿太夫を襲名した。’21年に映画『燃えよ剣』で映画初出演を果たし、第45回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。歌舞伎のみならず、映画やドラマなど映像作品にも活躍の幅を広げている。近年の主な出演作品は、NHK大河ドラマ青天を衝け』、映画『ヘルドッグス』(2022)『わたしの幸せな結婚』(2023)『身代わり忠臣蔵』(2024)。最新作の『八犬伝』にて、三代目尾上菊五郎を演じている。待機作に映画『十一人の賊軍』、劇場アニメーション『ライオン・キング:ムファサ』。
スタイリスト:三島和也(Tatanca)
ヘアメイク:白石義人(ima.)

映画『八犬伝』
原作:『八犬伝 上・下』山田風太郎(角川文庫刊)
脚本・監督:曽利文彦
製作総指揮:木下直哉
出演:役所広司、内野聖陽、土屋太鳳、渡邊圭祐、鈴木仁、板垣李光人、松岡広大、水上恒司、佳久創、藤岡真威人、上杉柊平、河合優実、栗山千明、中村獅童、尾上右近、磯村勇斗、立川談春、寺島しのぶ、黒木華
配給:キノフィルムズ