漫画家・イラストレーターとして活躍する江口寿史さんは、1977年に「週刊少年ジャンプ」(集英社)の『すすめ!!パイレーツ』で連載デビュー後、80年代半ばからはイラストレーターとしても活躍。その斬新なポップセンスと独自の絵柄で漫画界に多大な影響を与え、40年以上も幅広いファンに支持され続けている。
 東京日比谷の展覧会を終えた江口さんは、吉祥寺にある仕事場で「THE CHANGE」の取材に応じてくれたーー。
【第1回/全5回】

江口寿史 撮影/冨田望

決断する時には“鈍感力”も大切

 全国8か所を巡回し12万人を超える人々を虜にした江口寿史イラストレーション展「彼女」に続き、東京ミッドタウン日比谷で「東京彼女」展が開催された。約2か月に渡る会期中、会場には老若男女問わず連日たくさんの人が訪れ、大きな話題となった。

 江口さんにとっての「THE CHANGE」とはーー

「やっぱり二十歳の時に『週刊少年ジャンプ』に投稿したことですね。それが入選して、まあそれはもう180度人生が大きく変わったので。年の初めに賞を取って、暮れには連載してたわけです。

 予想もしなかったですよ。初めて描いた作品ですし、投稿した時は、これから長い投稿生活が始まるんだろうなと考えていたら、一発でいきなり採用されて掲載されたんです。それで編集部に呼ばれて、2作目も準入選になって、その年の春にはもう連載の準備、というかネームを毎週1本描いてきなさい。10本たまったら連載だって言われて、そのまま秋から『すすめ!!パイレーツ』の連載が始まったんです」

 デビュー作となった『恐るべき子どもたち』がヤングジャンプ賞、2作目の『8時半の決闘』が赤塚賞と立て続けに漫画賞に選ばれた。若くしてその才能を見出され、とんとん拍子に『すすめ!!パイレーツ』で週刊連載が始まったという。最初の作品を「週刊少年ジャンプ」に投稿した理由を聞いてみると、

「ジャンプは創刊時から新人発掘に力を入れていた雑誌で、とくに僕の前、5年くらいで諸星大二郎さん、星野之宣さん、コンタロウさんといったすごい才能を持った若手が立て続けにデビューしていました。秋本治さん、小林よしのりさんもそう。ジャンプしかないなと思って。あそこで大きく変わって、もういきなりすぐ連載で、何かもうめくるめく感じでしたね」