角川歴彦氏は裁判だけでなく、出版人らしく、活字でも日本の「人質司法」の非人道性や違法性を広く世に問う道を選んだ。それが『人間の証明 勾留226日と私の生存権について』(リトルモア)の出版である。タイトルは森村誠一の大ベストセラー小説と同じだ。角川歴彦氏の人生の転換点、THE CHANGEについて聞いた。【第4回/全4回】

撮影/小島愛子

「明日は我が身なんです」

「僕が拘置所の中で体験したのは、人間の尊厳や基本的人権が侵されるという現実です。『人質司法』というのも、人権の問題なんだということをタイトルで訴えたかった。でも、人権という言葉は、日本人には遠く感じられるんです。それで、考えに考えて、『人間の証明』というタイトルにたどり着きました。
 森村誠一さんの代表作と同じです。実は、森村さんとはご縁があり、『人間の証明』が映画化されたときには、一緒に全国の書店を回ってサイン会を行いました。僕が拘置所に入ったときには、森村さんが拳を握った写真を差し入れいていただき、僕はそれを“負けるな!”というメッセージとして受け取りました。
 しかし、森村さんは僕の保釈から3か月後に他界されました。
 今回の本のタイトルをどうしても『人間の証明』にしたかった僕はご自宅にうかがい、森村夫人に許可をお願いしました。反対されたら、諦めるつもりでした。
 少し間を置いて、森村夫人はこう言ってくれました。
“光栄です。明日が森村の納骨日です。角川さんにはいいときに来てもらいました”
 こうして出版された本の反響は非常に大きく、数えきれないくらいの愛読者カードをもらいました。どれも感想がギッシリ書かれていて、僕が伝えたかったことをしっかり理解してくれている。さらに、拘置所の中から便箋で何十枚という手紙をくれた方もいて、そこには、私を助けてくださいという切実な願いが書かれていました。
 現在、逮捕されて拘置所や警察の留置所に入る人は、年間10万人くらいだといわれます。10年間で約100万人。この中には、僕と同じように、自白に追い込むために長期勾留され、過酷な取り調べを受けている人も大勢いるはずです。そして、それは誰にも起こり得る。明日は我が身なんです」