平さんが舞台に登場すると「オーラや華といったいろいろなパワーを感じた」
平幹二朗さんは1950年代から俳優業を始め、60年代より劇団四季に客演して『ハムレット』などで主演をつとめた。その後も蜷川幸雄演出の舞台や、70年放送の大河ドラマ『樅ノ木は残った』で主演を飾るなど、映像の世界でも活躍した日本を代表する名優だ。
「平さんが舞台にパッと出てきた瞬間“照明が変わったのかな?”というぐらい明るさが変わったように思えて。その瞬間オーラや華といったいろいろなパワーを感じたことが忘れられないです。衝撃的でした。
それから何十年と経って、僕がこうしてオイディプス王としてギリシャ悲劇の舞台に立つとなったとき、当時の平さんの印象だったり雰囲気……出てきただけで、空気がサッと変わるその存在感を思い出しました。それは、自分を大きく見せるということではなく、僕なりの、僕だからできるというところのオイディプス王を見せられれば、という思いになりました。もちろん演出の石丸さち子さんの支えがあったからこそなんですが。
石丸さんとは、“悲劇だけど、どこか最後に1ミリでも希望を残す”と話し合っていて、悲劇の中でも生きるということを選んだオイディプス王の“希望”を描ければ、ということで創った初演でした。これが再演になってどう創っていくかまだわからないですが……悲劇だけど希望を見出すという魅力を届けられればと思っています」
「石丸さんはすごく僕を信じてくれた」と演出の石丸さち子さんについて語る三浦さん。そのお互いが持つ信頼感は言葉を発する表情からも伝わってくる。「三浦さんにとっての石丸さんという存在、そして石丸演出の魅力とは?」と尋ねると端的な言葉が返ってきた。
「“愛情”だと思います。厳しいところはたくさんありますが、僕は常に“愛情”を感じています。演劇そのものへの“愛情”であり、役者への“愛情”…役者のことを放っておかないんです。 “私を信じてついてきてくれれば大丈夫だから”というふうに僕を舞台に立たせてくれたのも石丸さんだし、石丸さんに出会っていなかったら、お芝居をまたここまで好きになることはなかったと思います。
蜷川幸雄さんの元でお仕事させていただいたときに、“芝居ってこんなに楽しいんだ”と思わせてもらったんですが、彼がいなくなってしまって“僕はどうしたらいいんだろう”と思っていました。そんなタイミングで石丸さんとお会いできて、そこからあらためてお芝居の楽しさだったり、厳しさだったり、怖さだったり、様々なことを教えていただいた……もうとにかく“愛情”の人だと思っています」