「そんなことを言うならお前が書いてみろ!」
僕が小説を書き始めたのは大学生の頃でした。きっかけはやはり父です。当時の父は、何度も直木賞候補になりながらも、なかなか受賞に至りませんでした。それを見ていた中学生の僕は、父の作品について一丁前に批評をし始めたんです。なにせ、本だけはたくさん読んでいたから知識は豊富だった(笑)。父は子供にとても甘かったので、僕がどれだけ生意気を言っても普段は笑って聞き流していたんだけど、あれは何度目かの落選のときかな。当時の僕は東京に出て大学に通っていましたが、たまたま帰郷していたのでまたいつもの調子でダメ出ししたんです。すると、寝起きだったせいか、そのときは珍しく激怒した。「そんなことを言うならお前が書いてみろ!」と怒鳴ったんです。
あんなに怒る父を見たのは初めてでした。でも、僕も生意気盛りだったので「分かったよ、書いてみせるよ」とたんかを切って、東京に戻ると一心不乱に書き始め、三日三晩徹夜して250枚の長編を書き上げました。そして、そのときに身にしみて知りました。小説を書くのは楽しい、と。
できた作品は父に送りつけました。そうしたら電話がかかってきて、開口一番「お前はもう就職しなくていい」と言ったんです。このひと言でその気になってしまった(笑)。在学中に芥川賞を獲ってデビューするつもりで、大学には行かなくなり、部屋にこもっては本を読んで映画を見て小説を書くだけ。でも、いくら投稿してもまったくダメで、だんだん現実が分かってきました。
白石一文(しらいし かずふみ)
1958年、福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。出版社勤務を経て、2000年『一瞬の光』でデビュー。09年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で山本周五郎賞、10年『ほかならぬ人へ』で直木賞を受賞。その他の著書に『心に龍をちりばめて』『プラスチックの祈り』『僕のなかの壊れていない部分』『君がいないと小説は書けない』『我が産声を聞きに』『Timer(タイマー) 世界の秘密と光の見つけ方』などがある。
『代替伴侶』 白石一文
筑摩書房刊
定価:本体1700円+税
理想の愛のかたち、あり得た夫婦のかたちを模索する、近未来の日本が舞台の書き下ろし長編小説。「代替伴侶法」が施行された近未来。伴侶と別れ、精神的に打撃を被った人間に対し、最大10年間という期限つきで、かつての伴侶と同じ記憶や内面を持ったアンドロイドの「代替伴侶」が貸与されることになった。