「先々のことを心配しちゃうタイプ」

 現役時代はフィジカルトレーニングの一つとして取り組んだが、その後、インストラクターの資格も取得。一時期は配信番組を持つなど、本格的に取り組んできた。当時のピラティスと、今のそれとでは、少し彼女にとって意味合いが違うという。
「現役時代はピラティスについて、今よりも分かっていなくて。身体的にいい気がする、気持ちがリフレッシュする、というのが気に入って、続けていました。 
 でも今は、弱点を補うつもりでやっています。
 たとえば、最近、股関節が痛かったりするので、その調整をしたりとか、お尻周りが弱いので、正しいポジションになるように鍛えようと思ったり。あとは、現役時代の影響がまだあって、カーリングのスウィープ(ブラシでアイスをこすること)の動作って、どうしても肩が前に入るんですね。今の私生活でもどうしても巻き肩(肩の位置が胸よりも前に出てしまう状態)気味なので、それを意識して、ほぐしたり。でも、最終的には(年齢を重ねても)歩けるようにと思って、ピラティスをしています(笑)。
 今、子どもたちを追いかけるだけで、大変なんですよ。でも、ピラティスを取り入れてから、筋肉の癒着がなくなったというか、剥がれるようになったというか、走りやすくなった感覚があります。それに、もう夫が“ヒザが痛い、ヒザが痛い”って言ってるので“こうなりたくないな”と(笑)。できるだけ、健康でいられるようにしたいなって」
 まだ35歳の彼女が“健康”や“長生き”をテーマに掲げるのは、少し早い気もするが、この気の早さは24歳で競技者を引退したこととも通じる、彼女らしさの一つなのかもしれない。
「私は決断が早くて、24歳で引退、結婚しました。でも、どちらも自分的には適切なタイミングだったというか。それに出産は皆さん、早いほうがいいって言うじゃないですか。だから、きっとそうなんだろうなと思って。
 当時は子どもを産んだ後に、カムバックするとか、仕事を続けている先輩たちを見て、そのとき、そのときにできることを考えればいいのかなって。
 結局、私、先々のことを心配しちゃうタイプなんですよね。なにせ目標は、年をとっても歩くことですしね(笑)」
 そう言って市川さんは、ニッコリとほほ笑んだ。

市川美余(いちかわ・みよ)1989年6月28日生まれ。長野県軽井沢市出身。9歳からカーリングをはじめ、2005年に日本ジュニア選手権で優勝。世代を代表するカーラーとなり、2008年に中部電力に入社。スキップの藤澤五月(現ロコ・ソラーレ)らとともに日本選手権で4連覇(2011年~2014年)を果たすも、冬季オリンピック出場はかなわず、2014年に現役を引退。現在は二児の母として、そして解説者として活動している。また、現役時代にフィジカルトレーニングの一つとして取り組んだピラティスのインストラクターの資格を取得。監修した書籍に「まんがでわかる カーリングの見方!! 市川美余がとっておきの話をデリバリー。」(小学館)がある。