これまで執筆した原稿用紙を積み上げると、御本人何人分の高さになるのかーー。80年代から90年代にかけて「月刊北方」と呼ばれるほど多くの作品を生み出し、最近では御年77歳で2018年から続いた『チンギス紀』の最終巻である17巻を上梓、今年は1月から5月まで伝説の剣豪小説『日向景一郎シリーズ』を5か月連続刊行する。精力的に生き続ける作家・北方謙三さんのTHE CHANGEとは。【第1回/全5回】

取材場所は、都内某ホテル。地下のバーには「先生のウイスキーがずらっと並んでいるんですよ」と文芸担当の編集者が話す。とある上階1室のチャイムを押すと、黒いロンTをラフに着こなした北方さんが出迎えてくれた。「どこに座ってもいいよ」と、自身はホテルに持ち込んだという専用のチェアにゆったりと腰を下ろす。現在、執筆部屋であるこのホテル、海沿いの別荘、そして自宅と、三拠点で生活しているという。現在は、最後の長編と語る『森羅記』を小説誌で連載しているほかに、伝説の剣豪小説「日向景一郎シリーズ」を1月から5ヶ月連続で刊行中だ。
ーー最強の剣士・日向景一郎が父親を始めさまざまな敵と対峙し、その最強ぶりを見せつけ斬り倒していく物語ですが、1993年から2010年にわたって書いた作品です。いま読み直すといかがでしょう。
「ゲラで読みましたが、私はおもしろいですけどね。残酷だよね。あの頃はね、これだけ残酷なことを書いても耐えていけたんですよ」
残酷なことーーたとえば1巻『風樹の剣』で、それまで真剣におびえていた景一郎が、なんの罪もない好意的に接してきた役人と手合わせした際に命まで奪い、その妻を強引に犯すという場面がある。
「“俺はけだものになりたいんだ”と言いながら男を殺してその妻を犯すんですが、ひどいよね。でも、人格を変えなくちゃいけなかった。そういう残酷なシーンは普通の文章を書くときとはまた違ったエネルギーがいるんです。社会に対するようなエネルギーですね。それが今はもう、めんどうくさくなっているかもわからない」
ーーこのシーンを書いたのは40代ですね。
「そうですね。一番忙しかった時期でした。いま考えると凄まじかった。年間12冊書くとしたら、9か月で書いて残り3か月は海外取材に行っていましたから。忙しいときは、ますます忙しくなる。歩き回ると衝動が出てくる。じっとしていると衝動は出てこないからね」