兄は口笛で吹いていた曲を「自分が作った」と言ったが…
そしてそのご家族でもお兄様との思い出は新著でも克明に描かれている。戦地に行く直前、軍隊から3週間だけ目黒の自宅に帰ってきたお兄様が3日間庭に防空壕を掘りながら、心地よく響く口笛を聴かせてくれていたそう。「お兄ちゃまが吹いていらっしゃるその曲は?」と聞くと「僕が作った曲だよ」と答えたという。フィリピンで26歳の若さで戦死されたお兄様とはそれが最後の会話。しかし、戦後、米軍放送(のちのFEN)を聴いていると、聴き覚えのあるメロディが流れてくる。兄が口笛で吹いていた曲だった。
「兄の“作ったんだよ”と言っていた口笛の曲がFENで流れてきて、“なんで?”と思ったのだけど、鬼畜米英が叫ばれている時代に、妹に“アメリカの曲だよ”とは言えなかったのだろう、と私は思っています。
調べると、ハリー・ジェームス・オーケストラの『スリーピー・ラグーン』という曲でした。いつも、口笛を吹いてくれた兄の『スリーピー・ラグーン』のメロディが、いつか私の頭の中にはリフレインしていて、兄と一緒に生きているような気がします」
実はそのお兄様の当時の写真をAIで修復したものがこの取材の前日に戻ってきたという。「これがその写真です」とお見せくださったその1枚のよみがえったカラー写真は、凛とした強さと優しい笑顔が息づいていて、そこに湯川さんが持つ優しさと強さの一端を見た気がした。
ゆかわ・れいこ
1936年1月22日生。東京出身。読者としての投稿がきっかけで1960年にジャズを専門とした音楽雑誌『スイングジャーナル』で執筆を開始する。以降、音楽評論家、作詞家、ラジオDJとして幅広く活動。エルヴィス・プレスリーやマイケル・ジャクソンといったアーティストに関する原稿を数多く担当したほか、ディズニーのアニメ版『美女と野獣』『アラジン』などの日本語詞を手がけた。
湯川れい子『私に起きた奇跡』(ビジネス社)
定価:1,760円(税込)