大物揃いだった津川雅彦の映画で大ピンチに

――手術後は大丈夫でしたか?

「はい、よくなって。その後は気を付けています。あと、もうひとつ大きなピンチがありましたね。津川雅彦さんの映画で、セリフが出てこなくなって、10テイクくらい重ねました。多くの人に迷惑をかけて、あんな恐怖を感じたことはなかったです」

――津川さんの映画は、大物揃いでしょうし。

「みなさん人間なので、テイク2くらいはなったりすることがあるんですけどね。僕がNGを出したのは、しかも、すごく大掛かりなシーンだったんです。『次郎長三国志』(2008)という時代劇で、セリフは覚えていたつもりだったんですが、撮影前に、“ここ一連(ワンシーン・ワンカット撮影)で行きます”と伝えられて。殺陣があって、みんなが橋の上から川にドボンと落ちたりしたあとに、僕が駆け抜けてきて、仁義を切る場面でした」

――わあ、それは大変なプレッシャーですね。

「そうなんです。そこでセリフが出てこなくて。通常の撮影なら“すみません、もう1回お願いします”と言えばいいんですけど、一度みなさん川に落ちてますからね。ずぶ濡れです。だけど監督はあくまで“ここは一連で”ということで、10分くらいみんな衣装を乾かして再スタートするわけです。だんだんプレッシャーが強くなっていって、ますますセリフが全然出てこない。それで清水次郎長を演じた中井貴一さんのところにカンペを貼ってもらいました」

――聞いているだけでキツイです。

「そうしないと日が暮れちゃうから。“今度は決めよう”とか言われて、いろんな人が川に落ちたりしているところでまた言えなかったりして……。どうにか撮り終わったんですけど、結局、“最後にちょっと噛んでるところは差し替えるよ”と言われてしまいまして。役者辞めようと思うくらい落ち込みましたね」

――そんな出来事があったんですね。

「津川さんから“僕も若いころは失敗したし、セリフを覚えないで行ったこともあった。でも温水くんは、もうこれから人に迷惑をかけないように、ちゃんとセリフは入れて行くように”と言われました」

――セリフは覚えて行ったんですよね?

「そうなんですが。津川さんはこんな話もしてくれました。伊丹十三監督の『マルサの女』のときに、セリフを現場で入れてたそうなんです。それを伊丹監督に見透かされていたらしくて、“セリフを言いながら、コーヒーを注いで、このセリフのときにこう動いて、ここでああして”みたいに色々動きをつけられたら、全然セリフが出てこなくなったと、そういうことがあったそうなんです」

――伊丹監督が、そのときの津川さんの姿勢を感じて、あえてその場であれこれ動きをつけたと。

「役者という仕事は、どんなことがあってもセリフを入れていく。現場に行ったらその場で“こんな5ページもあるのに全部一連で行くの?”とかそういうこともあり得るし、どんなことがあってもできなきゃダメなんだと。僕もセリフを覚えた“つもり”でしたが、緊張して出てこなくなった。そこからちょっと臨み方が変わりました」

 そうした経験も、1988年から続く温水さんの俳優人生を支えている。

ぬくみず・よういち
宮崎県都城市出身、1964年6月19日生まれ。1988年から94年まで劇団「大人計画」に所属。数々の小劇場出演を経て、遊園地再生事業団、村松利史プロデュース、竹中直人の会などに出演。2000年の舞台『七人ぐらいの兵士』での明石家さんまとの出会いをきっかけに、バラエティ番組でも人気に火が付いた。主な出演作に、映画『119』『ダメジン』、ドラマ『BOSS』シリーズ、NHK連続テレビ小説『ウェルかめ』『マッサン』、大河ドラマ平清盛』『真田丸』など。舞台、映画、ドラマとジャンルを問わず多数出演している個性派俳優。現在出演中の舞台、ケムリ研究室no.4『ベイジルタウンの女神』は全国公演中。8月31日からはBunkamura Production 2025『アリババ』『愛の乞食』に出演予定。フジテレビのバラエティ番組『ぶらぶらサタデー タカトシ温水の路線バスで!』にレギュラー出演中。最新出演映画である大地真央主演『ゴッドマザー〜コシノアヤコの生涯〜』では天使役を演じている。

『ゴッドマザー〜コシノアヤコの生涯〜』
監督・撮影:曽根剛
脚本:池田テツヒロ
出演:大地真央、黒谷友香、鈴木砂羽、水上京香、温水洋一、木村祐一、市川右團次
配給・製作:日活、東京テアトル