人気アイドルからデスメタル、萌え系まで、どんな楽曲も歌いこなす山下絵理さん。“仮歌の女王”の異名を持ち、数えきれないほどのアーティストたちをガイドボーカルで支えてきた。
 約25年間、黒子に徹してきた彼女が、「作曲家・三木たかし生誕80周年記念プロジェクト」の歌手として大抜てきされ、三木たかし氏の秘蔵曲で今夏デビューした。ドラマチックな半生をたどってきた山下さんの“THE CHANGE”を語ってもらった。【第1回/全5回】

山下絵理 撮影/松島豊

 アーティストたちのガイドとなる歌唱を専門に請け負う、スタジオミュージシャンの存在をご存じだろうか。「ガイドボーカル」や「仮歌歌手」などと呼ばれる裏方で、その歌を頼りにアーティストたちは楽曲を覚え、レコーディングなどに臨む。ポップミュージック界に欠かせない存在だ。

 仮歌のプロフェッショナルとして引っ張りだこだった山下絵理さんは、ある日、突然すべてを手放す決意をしたという。そのわけを尋ねると、少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら、ぽつりぽつりと語りだした。

「いきなり重たい話になってしまうんですが、2023年12月29日、介護していた母が亡くなったんです。電子オルガン奏者だった母の影響で、私は音楽が大好きになりましたし、親友のように仲が良かったから、ぽっかりと胸に穴が開いたようでした。
 それに、2023年の8月、とても精度の高い『仮歌AI』が登場して、私がやってきた仮歌のお仕事がほとんどなくなってしまったことも大きくて。介護しながらも母との愛おしい日常と、20年以上も打ち込んできた仮歌の仕事、両方をいっぺんに失ったんです」