「喜んでくれているんじゃないかなって」母の思いを歌い継いでいく

 三木たかし氏といえば、石川さゆりさんの代表曲『津軽海峡・冬景色』や、坂本冬美さんのヒット曲『夜桜お七』といった演歌の名曲、アニメ『それいけ!アンパンマン』のテーマ曲『アンパンマンのマーチ』『勇気りんりん』などを手がけた国民的作曲家だ。

 一方、山下さんはこれまでポップスを中心に歌っており、歌謡曲は新たな挑戦でもあった。引っ込み思案で表に出ることが苦手な山下さんが、異世界に飛び込もうと思えたのは、亡き母の存在だったという。

「三木たかし先生は、『つぐない』や『時の流れに身をまかせ』など、テレサ・テンさんのヒット曲をたくさん手がけていらっしゃいます。母はテレサ・テンさんが大好きで、子どものころによく耳にしていましたから、このお話は母の魂が呼び寄せてくれた“ご縁”なのだと感じました。
 レコーディングでは、母の面影が浮かんで泣きじゃくってしまいました。泣くと声が揺れてしまうので、気持ちを強く持って体勢を立て直して録ったんです。その仮歌を平社長に褒(ほ)めていただき、すごく誇らしかったですし、母も喜んでくれているんじゃないかなって思うんです」

すべてを失い、あえて「人生何もしない人」宣言をした山下さん。立ち止まったからこそ運命が動き出したと瞳を輝かせた。次回は、ヴェールに包まれた「仮歌の女王」の素顔に迫っていこうと思う。

やました・えり
18歳で仮歌歌手(ガイドボーカル)としてスタジオミュージシャンの道を歩み始め、その25年間にわたる精密な仮歌・コーラス経験から、業界では「仮歌の女王」と称されている。多くのCMソングや人気アーティストの録音に隠れた立役者として活躍。2016年にはTBS系ドラマ『家族ノカタチ』のメインテーマ『Unpredictable Story』とサブテーマをellie名義で手がけ、作詞・歌唱で注目を浴びる。今年25年「作曲家・三木たかし生誕80周年記念プロジェクト」企画で、作曲家・三木たかし氏の未発表曲『水の都』で歌手デビューを飾る。また、ellie名義ではDJ作品やアーティストの楽曲にフィーチャリングボーカルとしても多数参加しており、幅広いジャンルで活躍中。山崎製パンの「ランチパック」、大塚製薬の「ファイブミニ」など多数のCMソングにも携わっている。