“誰かのために”その思いがつなぐ縁

 プロを納得させる卓越したスキルと、無欲な歌声によって、昭和・平成を彩る大作曲家である三木たかし氏の未発表曲を発掘するプロジェクトで、歌手デビューするという強運を引き寄せたのだから、人生何があるかわからないものだ。

「仮歌を始めたころは、プロたちがスタジオに集まって楽曲を作り上げるのが一般的でしたが、いつしかデータだけのやり取りが主流に。作家さんから送られた音源と簡単な要望が書かれたメールをもとに、自宅のスタジオで仮歌を歌う日々です。ご依頼いただく作家さんのなかには、10年以上も直接顔を合わせたことがない方もいるんですよ。
 私の歌声だけを信じて依頼してくださるみなさんの期待に応えたくて、音源から曲の雰囲気を感じ取ったり、短いメールの文章からどんな歌を求めているかを汲(く)み取る能力が磨かれていったんだと思います。
 そうした経験が、三木たかし先生の歌でも生かせたのかなと。先生はもうこの世にはいらっしゃいませんが、メロディーは生き続けています。旋律から三木先生がどんな歌を歌ってほしいのかを、私なりに汲み取ることができたんじゃないでしょうか」

山下絵理 撮影/松島豊

 その歌声は、プロデューサーの平氏(ライジングプロダクション代表取締役・平哲夫氏)を魅了したのはすでに紹介したとおり。音楽業界で知られる平氏が、山下さんへかける期待は大きい。

「平社長から、“昭和の歌謡曲、とくに三木先生の楽曲に、どこか懐かしくて情緒があって色濃く、余白がある……日本人だから出せるような古き良き世界観を、自分なりに解釈して歌える人が絵理さんだったんです”と言っていただきました。自分の歩んできた道、探し続けてきた“確かなきらめき”は間違っていなかったんだなって思えて、すごくうれしかったです」

 どんな経験も歌の糧(かて)にする山下さんは、根っからの歌い手なのだろう。次回は、人生の大逆転を引き寄せた、彼女の発想法について伺いたいと思う。

(つづく)

やました・えり
18歳で仮歌歌手(ガイドボーカル)としてスタジオミュージシャンの道を歩み始め、その25年間にわたる精密な仮歌・コーラス経験から、業界では「仮歌の女王」と称されている。多くのCMソングや人気アーティストの録音に隠れた立役者として活躍。2016年にはTBS系ドラマ『家族ノカタチ』のメインテーマ『Unpredictable Story』とサブテーマをellie名義で手がけ、作詞・歌唱で注目を浴びる。今年25年「作曲家・三木たかし生誕80周年記念プロジェクト」企画で、作曲家・三木たかし氏の未発表曲『水の都』で歌手デビューを飾る。また、ellie名義ではDJ作品やアーティストの楽曲にフィーチャリングボーカルとしても多数参加しており、幅広いジャンルで活躍中。山崎製パンの「ランチパック」、大塚製薬の「ファイブミニ」など多数のCMソングにも携わっている。