山下絵理の身に起きた、人生最大の危機とは──

 人生最大の危機も、逆転の発想が彼女自身を助けてくれたという。

「母が亡くなり、仮歌の仕事もなくなったときは、本当に苦しくて……。だから、あえて『人生何もしない人』とキャッチフレーズを付け、ミュージシャンというアイデンティティーも、母の娘として介護をしなければならないという役割や立場も全部捨て、自分は何者でもないことを認めることにしたというお話は、最初にもさせていただきましたよね。
 そうやって素の自分でいるようになると、いま、この空間にいられることがすごくありがたいなって素直に思えるようになったんです。だって、どんなにつらい過去に縛られていたり、未来に対して大きな不安を感じていたとしても、人はいま、この瞬間しか生きられませんから。そうやって今だけを大切にしようと思うと、何不自由なく夜はベッドで眠れる……それだけで、“私はすごく恵まれているな。幸せだな”と分かったんです」

山下絵理 撮影/松島豊

 山下さんは、とことん探求する一方で、行き詰まったときに、それまでのやり方を手放す軽やかさがある。そのバランスの良さが、彼女の大きな強みなのかもしれない。

「そうそう。以前は同業者がどこかライバルみたいに見えていて、“フリーランスって孤独だな”と感じていました。でも、自分のほうから心をオープンにすれば、フリーランス同士でも助け合えることが分かったんです。こんなに幸せな環境にいたのに、いままで自分はそれを見ようとすらしていなかっただけなんだなと、反省しましたね」