友達がパンチパーマ「“かっこ悪いからやめたほうがいい。かけたら一緒に遊ばない”って言って、止めてました」

 1970年代後半ごろから80年代にかけて、不良少年たちはヤンキーと呼ばれるようになった。代表的なビジュアルといえば、特攻服やパンチパーマ、ビー・バップ・ハイスクールが流行っていて、どうやらこれらは岡本少年の美意識には受け入れがたかったらしい。

「中学の友達が、みんなパンチパーマをかけようとするわけ。だから、“かっこ悪いからやめたほうがいい。かけたら一緒に遊ばない”って言って、止めてましたね(笑)。そうそう。中学生のころから、部屋のステレオで好きな音楽を大音量でかけてたんです……、って、いま思うとはた迷惑ですね(笑)。
 すると、道を歩いている近所の専門学校のお姉さんたちが、“この曲いいわね”って立ち止まってくれるわけ。もっと音量上げてよ、なんて言われていい気になっちゃって。いい時代でしたよね。そうか、いま気づいたけど、あのころに“大音量で音楽を聴く楽しさ”を、体験してたんだと思います」

※Rockon Social Clubの公式インスタグラム@rockonsocialclubより

 大音量で音楽を聴く=岡本スタイルは、中学時代から現在に至るまで続いている(成田昭次さんインタビュー:「お別れ会があるんだけど」成田昭次に届いた岡本健一からの知らせと再会、男闘呼組の復活を決定づけた「それより、スタジオに入ろうよ」)筋金入りだ。そんな少年に、拍車をかける出来事が起きた。それこそが、岡本さんの音楽活動における“THE CHANGE”だった。

「あるとき、(成田)昭次に“ギター、弾いて”って言われたんです。やったこともないのに、(ハードロックバンドの)マイケル・シェンカー・グループの『Armed And Ready』(1980年)をカバーするから、バッキング(主旋律の裏で奏でる伴奏)を弾けって言うんですよ。弦を2本だけ押さえていれば大丈夫だからって。合宿所で、昭次に教えてもらいながら、見よう見まねで弾いたのがギターとの出合いです」