芝居をやる上での「肚」

ーー核、のようなものでしょうか。

「有名な話があります。ある役者さんが、裏返った着物の裾をパッと直した。するとそれを見ていた先輩が、“お前、なんで直した?”と聞くんです。直したことに怒っているわけではなく、先輩が言いたかったのは、“その役で直したのか?”ということ。

 お姫様なら、お付きの人が直してくれるから直さないのではないか。腰元なら、ご主人様の目の前で無礼がないようにどんな仕草で直すのか。はすっぱな村娘なら、もっと雑に直すのではないか。“お前はそれができていない”と。先輩が見ていたのは、そういうところだったんですね」

中村米吉 撮影/松野葉子

 さらに、女方の”色気”についても言及してもらった。歌舞伎の舞台において「嘘を重ねるために、色気が存在する」と話す。

「歌舞伎のお芝居というものは、究極、すべてが大嘘なんです。たとえば、自分の死んだ子どもの生首を抱きながら、泣いて悲しむ母親の役をやるとき、見せ場として、義太夫の音に乗って、なんとなく踊りのような動きになるわけです。普通、自分の子どもの生首を抱き上げながら音に乗る人なんていないし、もっとギャーギャーと泣くとか、茫然自失になるはず。じゃあそんな嘘をなんのためにやっているのかというと、美しく見せるためなんです」