誠実に番組を作ることを忘れたら、テレビ局ではなくなってしまう
ドキュメンタリーは被写体をめぐるトラブルを常に抱えざるを得ない。しかし「理不尽だ」と思ったことに対しては、真摯に反論してきました。最終的には制作者の心根まで映像に映り込むものだと思うので、罪深い仕事だと思っています。
報道機関というのが、まずテレビ局の根幹です。誠実に番組を作ることを忘れたら、テレビ局ではなくなってしまう。自分はそう思ってドキュメンタリーを作ってきましたが、局地戦を繰り広げていたようなものですね。メディアの加害性についても上層部は鈍感ですし、だから次々と問題が露呈している。世間からは報道機関ではなく、エンターテインメント企業として認定されている。銭ゲバでやってちゃダメですよ。
プロデューサーとしての自分の強みは“妄想する力”でしょうか。戦後80年の今年、内田也哉子さんと一緒に『戦争と対話』という映画を作りました。東海テレビを退職する前から、かつて『村と戦争』という番組を制作した岐阜の東白川村に移住していて、その村の皆さんの戦争への危機感がきっかけです。
そして、樹木希林さんの七回忌で再会した也哉子さんの「私、戦争の知識が心もとない」という発言から、ふと妄想が広がりました。そこから信越放送や日本映画放送と組んで、形にしていったんです。妄想したらやらずにはおれない、その軽さが自分の強みかもしれません。
視聴者の皆さんには、テレビ番組を見終わったあと「作り手が勝負してたかどうか」……そういう問いを持ってほしいですね。
映画監督の是枝裕和さんは、もともとドキュメンタリーのディレクターで、今や世界のコレエダです。「勝負しているな」と思う番組があれば、ぜひ作り手の名前を気にしてみてください。
阿武野勝彦(あぶの・かつひこ)
1959年静岡県生まれ。同志社大学文学部卒業後、81年に東海テレビ入社。アナウンサーを経てドキュメンタリーの制作に携わり、ディレクターとして放送文化基金賞を受賞した『村と戦争』などを発表する。プロデューサーとしても多くの番組を手がけ、2010年からは劇場公開作として『平成ジレンマ』『死刑弁護人』『ホームレス理事長『神宮希林』『ヤクザと憲法』『人生フルーツ』『さよならテレビ』などを送り出す。2024年に東海テレビを退社し、現在はフリーの映像作家として活動中。著書に『さよならテレビ』がある。
映画『戦争と対話』
信越放送が手掛けた秀作ドキュメンタリーを手掛かりに、6本のオリジナルドキュメンタリーシリーズを制作。内田也哉子が戦没画学生の作品を集めた美術館「無言館」や、満蒙開拓青少年義勇軍として満州国へ送り出された10代半ばの少年たちの故郷を旅し、戦争とそれに連なる戦後社会のありようを考える。
映画『戦争と対話』は全国順次公開中
12月は鹿児島・ガーデンズシネマ、北海道・シアターキノ、広島・横川シネマ等で上映予定