体が動くにまかせていい

為末「ゾーンを体験したのは、2001年と05年の世界陸上。それと08年の日本選手権での3回です」

 ゾーンに入ると「時間感覚が変容」し、「感覚が細分化」し、「自分主体ではなくなる」という。それまでにないパフォーマンスが引き出されることが多いが、実際に為末さんも01年と05年の世界陸上では銅メダルを獲得し、08年の日本選手権では優勝している。このゾーンを体験したことで、自身に変化はあったのだろうか?

為末「それ以前は自分が自分をきちんとコントロールするのがいい状態だと思っていました。最初に想定して、その通り身体を動かして、狙った結果を出すのがいいことだと。
 ただ、ゾーンではそういうものがいっさいスポンと抜けて、何も考えないで体が勝手に動くという感じでした。自分ではどのような結果に向かっているかわからないけれど、身体が勝手に連れていってくれるような。
 野球にたとえると、バッティングのときにひたすらボールをよく見て打つ、というところから、ボーっと立ってボールを漠然と見ていたら、身体が勝手に動いて当たる、ということかもしれません。自分の体が自動的に動く流れにまかせてもいいんだと思うようになった。それが一番、大きいですね」

 終始、理知的に質問に答えてくれた為末さん。母親、妻、そしてゾーン体験が、現在の為末さんに大きな影響を与えているのは、間違いないようだ。

■為末大(ためすえだい)
元陸上選手。1978年広島県生まれ。2001年に開催された世界陸上の400メートルハードルで、スプリント種目としては日本人初のメダルを獲得する。05年の世界陸上でもメダルを獲得。00年のシドニーオリンピック、04年のアテネオリンピック、08年の北京オリンピックに出場。12年に現役を引退し、現在は執筆活動やスポーツに関するさまざまな事業に携わる。近著は『熟達論』(新潮社)