妻に導かれた哲学的思考

為末さんが結婚したのは引退間際の頃。妻からも、母親とは違う意味で影響を受けているという。

為末「妻に一番、影響受けたのは、結婚して妻が家に持ってきた本です。自分の本は勝負論や「人間とはなにか」というジャンルばかりだったんですが、そこに社会哲学関係書がダーッと入ってきたんですよ。引退して自分の気持が競技から社会へと向いていったのは、妻の影響が大きいですね」

 為末さんの著書『熟達論』(新潮社)は人生における成長を説いているが、哲学的な思考、たとえば認識の領域にも踏み込んでいる。これも妻の影響のようだ。
為末「最初は妻が言っていることで、わからないことがいっぱいありました。妻が持ってきた『時間と自己』(木村敏/中央公論)という本があるんです。自己感覚と時間感覚が関係していることを論じているんですが、妻に説明されるまで意味がよくわからなかったんですね。妻とディスカッションしてわかったこともたくさんあります。」

 夫婦の間で高度に知的なディスカッションがされていたようだ。では、『熟達論』では「空」と呼ばれる為末さんの「ゾーン」体験とは、いつだったのだろうか?