「何か聞きたがってる気持ちはみんなすごくある」

ーー浩市さんが演じる広岡は、肉体的には衰えてるかもしれないけど、エゴイズムと格闘しているさまがよかったと思いました。

「それを分かっていただけることが、一番うれしいです。

 若い世代に、人生ってこういうものなんだよ、っていう映画にはしたくない、というのは、瀬々氏(※瀬々敬久監督)との最初の話の中でありましたから。

 やっぱり、もろさ弱さ、そして自分が経験していながら忘れてしまったこと、俺も経験しているどっかで引き出しにしまったままにしちまった、という引き出しを開けさせてくれたのが若い奴らだったり、仲間たちと一緒にいることだったと思うんです。

 若い2人(※横浜流星と橋本環奈)はなにかを失ったんだけど、それ以上に、彼らは絶対にノックアウトされない何かを得ている。次の人生に向かっていく、っていうことを僕からではなく、僕と一緒にいた時間の中から学べた、ということだと思います」

ーー若い人たちとお芝居する機会が増えていると思いますが、何を伝えたいとか、現場で意識されたりお話しされたりしますか?

「いや。これは不思議なもんでね。流星と一緒に合同取材を受けたときにも、そんな話も出たりしたんだけど、今の時代は言われても嫌がる子もいる。われわれが育った時代は、必ず上の人が言ってきた。それを見て生きてきたけど、今の時代はそうじゃない。

 でも、何か聞きたがってるな、聞きたがってる気持ちはみんなすごくある。それをどう言っていいか困ってる感じがすごくするので、だからわざと無視してる(笑)。嘘だけど(笑)。

 昔の先輩たちにならって積極的に行ったら、あんがい引かれたことがあったから、あまり自分で行かないようにはしてたんだけど、こいつなんか話したいんだな、ってわかるんですよ。それで、ちょっとパッと話してあげると喜ぶからね。
 ただ、どうしてもやっぱりスタイルは違うし、昔話をして喜ぶタイプと昔話をされても困るタイプがいる。
 誰もが、相米慎二の話を喜ぶわけじゃない(笑)」

ーー浩市さんのかつてとても尖っていた部分は、いまは穏やかに……

「全然。あるわけないじゃん。どこ行っても笑顔です(笑)」

 そうカジュアルに言って、佐藤浩市さんは笑った。

 

■佐藤浩市 さとう・こういち
1960年12月10日生まれ。多摩芸術学園映画学科に在学中の1980年、NHKドラマ「続・続事件 月の景色」で俳優デビュー。『青春の門 自立篇』(82)で映画初主演。以降、映画ドラマへの出演多数。『忠臣蔵外伝 四谷怪談』(94)『64 ロクヨン 前編』(2016)で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。
2022年のNHK大河『鎌倉殿の13人』での「上総介(かずさのすけ)」の壮絶な生き方死にざまは、多くの人の記憶に残る。
父・三國連太郎とは「人間の約束」(86)、「美味しんぼ」(96)、「大鹿村騒動記」(11)で共演。17年に俳優デビューした長男・寛一郎と『一度も撃ってません』(2020)、『せかいのおきく』(23)で共演。2023年は横浜流星と共演の主演作『春に散る』を筆頭に9本もの出演映画が公開される。
また音楽活動としては、10月7日に恵比寿ザ・ガーデンホールにてライブ『役者唄』を開催。

●映画『春に散る』
不公平な判定で負けアメリカへ渡り40年振りに帰国した元ボクサーの広岡仁一は、同じく不公平な判定で負けて心が折れていたボクサーの黒木翔吾と偶然飲み屋で出会う。仁一に人生初ダウンを奪われたことをきっかけに、翔吾は仁一にボクシングを教えて欲しいと懇願。やがて2人は世界チャンピオンを共に⽬指し、“命を懸けた”戦いの舞台へと挑んでいく。
監督:瀬々敬久
原作:沢木耕太郎「春に散る」(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
出演:佐藤浩市 横浜流星
橋本環奈 / 坂東龍汰 松浦慎一郎 尚玄 奥野瑛太 坂井真紀 小澤征悦片岡鶴太郎 哀川翔
窪田正孝 山口智子
配給:ギャガ
©2023映画『春に散る』製作委員会
8月25日(金) 全国公開
公式サイト gaga.ne.jp/harunichiru