堀井雄二の背中が教えてくれた「独立」への決意

 堀井氏が成し遂げたこと。それは単に面白いゲームを作ったというレベルの話ではない。

「堀井さんは、当時一部のマニアだけの遊びだったパソコンのロールプレイングゲームを、ファミコンを通じて日本中の誰もが遊べるように分かりやすく『翻訳』した人でした。自分もクリエイターとして同じことをやりたい。でも、堀井さんの下で『ドラゴンクエスト』を作り続けていたら、それは絶対にできないと気づいたんです。今以上堀井さんに近づくためには、ここから出なければならない。そう思って、ディレクターを辞める決断をしました」

 とはいえ、巨大な看板を下ろすことへの恐怖は大きかった。

「辞めるときは、もちろん怖かったです。正直、『もうこれで自分の人生のピークは過ぎたんだな』と思っていたくらいで、その後の活動がこんなにうまくいくとは思っていませんでした」