「“これが芝居なの? 芝居ってこんなに気持ち良いの?”ってスッキリした」

 その後、1989年にアイドルグループ「ribbon」のメンバーとして活動開始。しばらくしてやるようになった芝居の仕事が、当初は嫌だった。

「“楽しいの延長”だったところまではよかったんですけどね。芝居なんて恥ずかしいことはやりたくないですって、当時は思っていましたね」

永作博美 撮影/有坂政晴

 その気持ちに変化が訪れたのは、1993年に「劇団☆新感線」の舞台『TIMESLIP 黄金丸』に出演したことがきっかけだった。

「稽古で同じことを何度も練習しているうちに、なんでこれをやらなきゃいけないんだって、だんだん“もういやだ”が、メラメラしてきたんですね。稽古も終盤に差し掛かってきたときに、湧いてきた怒りのような気持ちを、そのままセリフに乗せて叫んだら“それ良いよ”って、演出家のいのうえひでのりさんに言われて。
 それがすごく気持ち良くて、“これが芝居なの? 芝居ってこんなに気持ち良いの?”ってスッキリしたんです。それなら、もうちょっと続けてみたいなって思ったんですよね」

──それまでの永作さんにとって、お芝居というのは……。

「苦行でしたね。日々の稽古もそうだし……どうして(お芝居という)ウソをつかなきゃいけないの? という感じだったんです。私は、本当に普通の人だったんでしょうね(笑)」