鬼才と呼ばれ、熱狂的なファンを擁する漫画家・新井英樹。『宮本から君へ』『ザ・ワールド・イズ・マイン』『キーチ!!』といった作品からは激情がほとばしり、痛みをともなって読者に降りかかる。「20年間の引きこもり」を経て、新たな境地を見出した新井さんのTHE CHANGEを聞いた。【第4回/全5回】

新井英樹 撮影/冨田望

「以前、飲み屋で知り合った男性から“いじめてほしい”と言われたことがあり、どうしていいかわからなくなってしまったんです」と、記者が人生相談のように新井英樹さんに漏らすと、新井さんは一刀両断、簡単に答えを導き出してくれた。

新井「そう言われたら、“おまえ、それでいじめてもらえると思っているのか?”が始まりなんだと思う」

ーーおお、なるほど!

新井「すぐに望みをかなえてやるのは違う。まず放置して、どうやってじらすか、という世界じゃないですかね」

 新井さん自身も、新しい作品『スパンク』で、参謀を務める鏡ゆみこさん主宰のカミングアウトサロン『EUREKA』に通い、そういった現場に立ち会ったことがあるという。

新井「長年『EUREKA』に来たくて憧れ続けて、奥さんが妊娠して里帰りをしているというとき、“ようやく念願のここに来ることができました!”という男性が店に来たんです。

 彼は女王様に“自分の顔に座ってください”と伝えるんだけど、女王様はすぐにはすわらない。ガンジーというあだ名をつけられた男性客に座らせたり、“奥さんとはどうやって出会ったんだ”となれそめを聞き出したり……と散々やってじらして、念願を叶えてあげていました。それがもう、素晴らしいと思って」

ーーおそるべきコニュニケーション能力ですね。

新井「女王様は常にアンテナを張っていて、相手がなにかを言い出すタイミングを察知して、その場の空気を弛緩させたり緊張させたりする。その連続がおもしろくて。

 たとえば、無視されることにも意味があって。M男さんは無視されることで、“女王様が特別に俺に目をかけてくれるから、無視するんだ”という解釈をするんです」