「親父が家に帰ってくるのがイヤだった」かっぴーの働き方に父が与えた影響

 言い変えれば、不要な我慢をせずに済む環境で働く、ということだろう。かっぴーさんは、毎日は微量でも、積もり積もるとあとで想像を超える大きさになり表れるストレス因子を、極力なくしたかった。

「僕は漫画家になるとき、“電車に乗らない”と決めたんです。あとは、“午前中に打ち合わせを入れない”とか。少しずつストレスを減らしていきたいんですよね。イヤな人と我慢して付き合うようなことをしないのもひとつです。幸いなことにいままでイヤな人とは会ったことはないので。ただ、“イヤだけど、一緒に働かなきゃいけないから”と固執してしまう人も多いですよね。固執する必要はまったくないのに。

 そんなふうに、我慢やストレスをひとつずつなくしていった結果が“今”なので、だから仕事を辞めた=賭けに出た、という感覚は一切ないんです」

ーー一旗揚げるぜ! という勢いではなかったんですね。

「そういうことではなかったんです。最悪、辞めた会社に戻ろうと思っていましたし。保身意識が強いんですよ(笑)。辞めても戻れる自信があったので」

ーーかっぴーさんの働き方に、ご両親の影響はありますか?

「僕は85年生まれで、父親が自営業で、母が父の仕事を手伝う主婦という、典型的な80年代の家庭に産まれました。実家は町の写真スタジオで、母はそこで働いているんですが、自営業なのでずっと家にいる感覚と言いますか……。

 父は、反面教師とまでは言いません。それでも仕事を終えると、いつも写真屋のシャッターを閉める音が聞こえてくるんですよ。ガラガラガラッと。あ、店閉めてるな。イコール、親父が家に戻ってくるな。それがイヤで、イヤで」

ーーなぜですか?

「疲れた、疲れた、と言うし、つまらない、と言う。もーー、聞きたくない。仕事がつまらないなら辞めればいいじゃん! と思っていました。つまらなくない仕事を探せばいいじゃん! って。そのときからですね、僕が“つまらない仕事はイヤだ”と思ったのは。

 かといって、当時は自分が漫画家になれるほどの能力があるとも思っていなくて。それでも、広告代理店という会社に所属すれば、漫画や映画なり、自分が好きな物にプロジェクトの一員として参加することができる、と思っていました」