「えっ、あの鈴木ですか?」

 日本代表にまでなった選手が「プロに入る力はなかったのかもしれない」とは、随分と控えめに聞こえる。

「実際、そのとおりです。高校の頃、時々、練習を観にきていた浦和レッズのスカウト担当の方が、上司(GM)を連れて静岡の選抜チームに現れたことがあります。その日、僕がたまたま、試合でいいプレーをしたんでしょうね。上司が “あの鈴木がいいな。あのようなタイプの選手も必要”と言ったようです。選抜チームに3人の鈴木がいたんですが、スカウトの担当はほかの2人の鈴木を指名すると思っていたそうです。“えっ?あの鈴木ですか?” ととっさに言ったみたい・・・。プロでは通用しない、と思っていたのでしょうね。

 ほかの2人も実はその後、プロに入りました。”金の斧、銀の斧、普通の斧”で言えば、僕は普通の斧なのかも・・・(笑)。プロに入るためにはある程度の実力は確かに必要ですが、実力をランキングにして最上位から順番でスカウトされるわけではないのです。その時のチームの状況や環境、時代などが影響すると思う。上位ではなかったはずの僕が16年間、浦和レッズで完全燃焼できた。きっと運がよかったんでしょうね」

プレーするのが本当に楽しかった引退前の4年間

 未練がないほどに力を出し切ることができたのは、なぜなのだろう。大活躍しても、燃焼できていないような選手もいる。

「実は引退をはじめて考えたのは、2011年の頃。2008年のワールドカップには体調を崩していたこともあり、出場できなかった。11年に、浦和レッズがJ2(Jリーグ2部)に降格しそうになる。不整脈も繰り返される。この頃、辞めようかと思っていた。

 だからこそ、12年からの15年の4年間はプレーするのが楽しくて仕方がなかった。サッカーのボールを追うことに夢中だった子どもの頃に戻ったみたいで、純度100%。プロになってから、楽しかった経験はなかったんです。義務感、責任、プレッシャーがとても強かったから。喜びもあったけれど・・・。あの4年間があったからこそ、完全燃焼できたんです」

 頂点に立ったスター選手が一度はどん底を味わい、復活し、サッカーを心から楽しむ。そこに、ファンは惹かれていたのかもしれない。

■鈴木啓太(すずき・けいた)1981年、静岡市生まれ。中学は東海大一中に在籍し、全国中学校サッカー大会優勝。高校卒業と同時に2000年、Jリーグ浦和レッドダイヤモンズ(浦和レッズ)に加入。ポジションは、MF。2006年~2008年は日本代表となり、唯一全試合に先発出場。2015年に引退するまで、16年間浦和レッズで活躍。
 2015年には腸内細菌の可能性に着目し、腸内フローラ(腸内細菌の生態系)解析事業を行う研究開発型のベンチャー企業・AuB(オーブ)株式会社を設立。45競技1000人を超えるトップアスリートの腸内を研究し、酪酸菌など約30種の菌を配合した、腸内環境をケアするサプリメント「aub BASE」と、プロテイン「aub MAKE」を開発・販売をする。
 トップアスリートの腸内の分析データから独自の特徴を発見し、製薬会社や食品メーカーとの共同研究や自社製品開発を行う。スポーツ、ヘルスケアビジネスの分野でもコンサルティング、講演を続ける。2020年10月からは、YouTubeチャンネルを開設。チャンネル登録者数は2023年11月現在、25万を超える。