赤井「まあまあ、すぐに忘れますね」

ーー佳子さんから注意されることについて、改めるお気持ちというか、直そうという気持ちは?

赤井「まあまあ、すぐに忘れますね」

佳子「すぐ謝るんですよ。逆ギレとかないんです。何を謝ってるかわかんないんですよ。この険悪な雰囲気はなんとかしたいから謝るのは早いけど、今言ったみたいに何謝ったかわかんないから、忘れちゃうわけですよね。

 時間あったらすぐパチンコ行くんですよ。それもなんと腹立たしいことだって思う。向上心とかはないのか、と思ったり。理想のお父さん、理想の夫婦、全然そうじゃないところを出したら、あうちもだ、うちもだみたいな感じですよね。

 別に共感してほしいわけではないけど、思ってるほど立派なお父さんでもないし、夫婦としてもすごく仲が良くて、って言うんじゃないよって、いうつもりで載っけてます。

 だから、メッセージとかで相談を受けたりして、うちだっていろいろあるのよ、みたいな感じで、細かくは言わないけど答えたり」

ーーXのDMにお返事してるんですか?

佳子「します。だって、すごいみんな切実だもん。真剣にお話してるから、それにはどう思ってるかを答えます。でも、けっこう解決方法がない。思いついたことを言ってみるけど、じゃあ私がそれできるかって言ったら、無理だよね、みたいな。なかなか解決にはいたらないんですよね」

 夫婦2人ともに、本当に人に向き合う。違う部分もあれば、根底には共通する部分がある、ということだろう。

■プロフィール
赤井英和(あかい・ひでかず)
1959年8月17日、大阪府大阪市西成区出身。浪速高校入学と同時に先輩に半ば強引にボクシング部に入部させられる。下働きの日々を経て、夏の国体予選にいきなり出場し、優勝。これを機に技術をつけたくて「朝は4時、5時から走って。高校の時がいちばん練習してた」という日々を送り、ボクシングの名門・近畿大学に進学。80年にプロ入りし、デビューから12戦連続といKOという偉業を達成。その攻めのスタイルから“浪速のロッキー”と呼ばれ、大阪中から絶大な人気を獲得。85年2月5日、大和田正春との試合で7ラウンドKO負け。急性硬膜下血腫、脳挫傷で意識不明の重体となり緊急手術。奇跡的に一命をとりとめるが、ボクシングからは引退。88年に半生を書いた『どついたるねん』を出版。89年、同書をもとにした阪本順治監督の映画『どつたるねん』に主演し、俳優としてデビュー。以降、映画、ドラマ、バラエティなどに出演多数。妻・佳子が運営するツイッターアカウント「赤井の嫁」は、絶大な人気を誇り、投稿の内容をまとめた『赤井図鑑』(扶桑社)が2021年に出版。