ボクシングで勝つために一番大切なこと
ーーセコンドのエディさんが、このままだと赤井負けるよ、言っていたのが衝撃でした。ご本人は聞いて、どう思うものなんですか?
赤井「うーん、あのまあ、その通りだと思います。エディさんの判断は正しいし、試合できるような状態でリングが上がっていませんでしたから。
世界タイトルが次決まってたんやけども、俺はもう早くやめたい、って思ってましたからね」
ーーそうした精神状態は、影響あるんですか?
赤井「あの、ボクシングの相手に勝つためにはパンチ力とかスピードとかテクニックやら、デフェンスやらフットワークやらいろんなものがあるんですけども、何が一番大切かって言ったら、気持ちなんですよ」
ーー気持ち。
赤井「はい。もう、あの最後の大和田戦はもう終わってもうやめよう、みたいな気持ちでした。練習もできなかったしまあ、負けて当然の試合でしたね。今から思ったら」
佳子「気持ちがなんでも大事だと思いますけど、すごくシンプルな脳の作りなので。これは褒め言葉、最高の褒め言葉ですよ。
普通の人はいろんなことを話しながらも、他のいろんなこと考えてますけど、今もこれしゃべってることしか考えてないと思うんですよ。あと昼ご飯どうするか、ぐらい2つぐらいしか考えてないと思うんですね。
ボクシングに勝ちたいって思った時は、きっとそれしか考えてないと思うので、そこがダメになっちゃうと、ダメなんでしょうね」
そして赤井英和は、世界戦への花道となるべき試合で、その選手生命を絶たれることになる。
■プロフィール
赤井英和(あかい・ひでかず)
1959年8月17日、大阪府大阪市西成区出身。浪速高校入学と同時に先輩に半ば強引にボクシング部に入部させられる。下働きの日々を経て、夏の国体予選にいきなり出場し、優勝。これを機に技術をつけたくて「朝は4時、5時から走って。高校の時がいちばん練習してた」という日々を送り、ボクシングの名門・近畿大学に進学。80年にプロ入りし、デビューから12戦連続といKOという偉業を達成。その攻めのスタイルから“浪速のロッキー”と呼ばれ、大阪中から絶大な人気を獲得。85年2月5日、大和田正春との試合で7ラウンドKO負け。急性硬膜下血腫、脳挫傷で意識不明の重体となり緊急手術。奇跡的に一命をとりとめるが、ボクシングからは引退。88年に半生を書いた『どついたるねん』を出版。89年、同書をもとにした阪本順治監督の映画『どつたるねん』に主演し、俳優としてデビュー。以降、映画、ドラマ、バラエティなどに出演多数。妻・佳子が運営するツイッターアカウント「赤井の嫁」は、絶大な人気を誇り、投稿の内容をまとめた『赤井図鑑』(扶桑社)が2021年に出版。