タレント、料理研究家として活躍する宮前真樹さんは、94年に解散したアイドルグループ「CoCo」のメンバーとして活躍。
90年代と変わらぬ姿で我々の前に現れた彼女にSNSがなかった時代といまの違いや、50歳記念ライブ実現までの秘話を語ってもらった――。

宮前真樹 撮影/双葉社

いまだから話せる伝説のグループ

――せっかくの機会なので当時の思い出などをお聞かせいただければと思っています。伝説の存在ともいわれるCoCoとして活動されていたのは何歳からでどういった生活だったのでしょうか?

「乙女塾で16歳にデビューして21歳までグループ活動していました。デビューがテレビでしかも生放送。月曜から金曜まで17時に始まる番組(※フジテレビ系『パラダイスGoGo!!』)にずっと出演するので必ず16時半にはフジテレビに入っていなきゃいけないのですがいつもギリギリで。いまならあり得ないと思うんですけど、お化粧も何もしないで出演していました。

 もうワーッと行ってとりあえず着替えて髪の毛ふたつ結びとかにしてパっと本番をやって……。忙しくて自分たちに人気があるという認識もないし、でもいろいろなことが決まっていて、気づいたらコンサートをやっていた、みたいな感じであまり深く考えないまま最初の1年ぐらいは過ぎていましたね。とにかく忙しかったけどCoCoとしてデビューして半年ぐらいまでは部活みたいな感じでした」

――その忙しい間にレッスンもあったんですよね?

「乙女塾自体、毎週末がレッスンだったんです。CoCoに決まるまでは毎週レッスンに行ってボイストレーニング、あと演技ワークショップとトークの練習みたいなものは受けていましたね。土曜日か日曜日どっちかがレッスンで、もう一方の空いてる週末は乙女塾を取り上げてくれる雑誌の取材を受けたりしていました。

 乙女塾はデビューするまで選抜式だったので毎週レッスン終わりに40人ぐらい会議室に体育座りして、翌週からのテレビ出演組を発表して、そこで受かった子の10人ぐらいがフジテレビに行くという感じでした。私はそれを3カ月やってCoCoとしてデビューしたのですが、その後はもうレッスンをしてる時間がないぐらいずっと忙しかったです」

――当時、アイドル雑誌のほとんどにCoCoが登場していました。

「私たちはグループで表紙もやりつつ、ソロでもやっていたんですよね。CoCoが解散した当時はアイドル雑誌の歴代表紙と巻頭で一番多かったのが私たちで。それぐらいずっとずっと出てました」