「いつの間にか朝になってハイになって覚醒してくる」

――前田さんも?

「はい(笑)。私が芸能界に入ったときは、働き方改革とかも言われてなかったですし、働いている間に朝になる、みたいな感じが許される時代だったんですけど、今はほとんどないですよね。でも、私はけっこうそういう感じは好きなんです。
 ずっと何かをしていると、いつの間にか朝になっていて、ハイになって覚醒してくる感覚。久しぶりにそういった感じを味わえて、やっぱり私はちょっと過酷なのが好きなんだなと思いました」

――大変だった、ではなく、“やっぱり好きなんだ”だったんですね(笑)。

「この仕事をしていると、すごく過酷な瞬間というのが、たびたび訪れるんです。そのたびに周囲を見渡すと、スタッフさんたちもやっぱり疲弊していってるんですけど、それを乗り越えた瞬間も見ることができて。
 そういうときの空気がすごく好きです。急にすっごく元気になるんですよ(笑)。独特な職業だな、と感じながら、そういう“全然キラキラしていない瞬間が好きだな”って思います(笑)」

 現場を見学するだけでも、「本当に完成するのだろうか」と思ってしまうくらいに映画製作は大変な作業。全員がひとつのゴールに向かって、疲弊しながら、キラキラとは違う美しい姿で進んでいくのは、作品を届けたいという思いからだろう。

――「この撮影は相当過酷だった」という思い出をひとつ教えてください。

「たくさんありますけど、そうですね。海外の撮影って大変なものが多いんです。中でも感情的に“もう無理かも”と思ったのは、黒沢清監督(『CURE』『トウキョウソナタ』『スパイの妻』)が、MVを撮影してくれたときです。

 私のシングル『セブンスコード』のMV(※のちに60分の映画『Seventh Code』となる)をウラジオストクで撮影しました。期間が3日間くらいしかなくて、昼夜逆転でした。しかも、白夜で全然暗くならないんです」

 前田さんの壮絶な撮影体験をした『Seventh Code』は、第8回ローマ国際映画祭のインターナショナル・コンペティション部門で、日本映画として初めて最優秀監督賞と最優秀技術貢献賞の二冠に輝いている。

まえだ・あつこ
1991年7月10日生まれ、千葉県出身。2005年、アイドルグループ「AKB48」の第1期生オーディションに合格し、AKB劇場のオープニングメンバーとして舞台に立つ。第1回、第3回のAKB48選抜総選挙で1位を獲得し、中心メンバーとして活動するが、2012年に卒業。以降、テレビドラマや映画、舞台に多数出演し、俳優として活躍している。2019年に映画『旅のおわり世界のはじまり』と『町田くんの世界』で第43回山路ふみ子映画賞女優賞を受賞。近年の主な出演作に、映画『コンビニエンス・ストーリー』『もっと超越した所へ。』『そして僕は途方に暮れる』、ドラマ『育休刑事』(NHK)『かしましめし』(テレビ東京系)『彼女たちの犯罪』(読売テレビ系)。2024年は『厨房のありす』(日本テレビ系)が放送中。三島有紀子監督のオリジナル脚本による映画『一月の声に歓びを刻め』で、カルーセル麻紀、哀川翔とともに主演を務める。

●作品情報
映画『一月の声に歓びを刻め』
脚本・監督・プロデューサー:三島有紀子
出演:前田敦子、カルーセル麻紀、哀川翔、坂東龍汰 ほか
(C) bouquet garni films
配給:テアトル新宿  公開中