“自分のためではなく誰かのために”という思いが、目の前の世界を広げた

 すると目につくのは、いつの間にか自分の世界が広がっていたことだった。

「これまでは、文芸というジャンルの雑誌やウェブで書かせてもらっていましたが、11月から日本農業新聞で『一橋桐子(79)の相談日記』という連載が始まったり、12月から婦人公論で『月収』という連載をやらせてもらっていて、より幅広くいろいろな方に読んでもらえているんだなという実感があるんです」

 お金を題材にした『三千円~』が幅広く読まれていることで、お金にまつわる多様な人と会うことも多くなった。『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社)の著者の田内学さんや投資家の桐谷広人さんとか、エリックサウスのイナダシュンスケ(稲田俊輔)さんとか。会ってお話しすると、すごい刺激を受ける」と話す。

「今年の始めに、能登半島地震がありましたよね。私にできることはなんだろうと思ったときに、一冊でも多くの本を書いてみなさんに読んでもらい、売上が上がれば税収になるなと。そんな風に、“自分がお金を稼ぐため”ではないベクトルで、自分にできることは仕事を少しでも多くやることだな、と思い至ったんです」

 書きたいことが書ける喜びで筆が進んだ、30代半ば。60歳に手が届く距離に迫るいまは、人のために書くことで活路を見いだす。最後に、「原田さんのTHE CHANGEを教えてください」と聞くと、これまでの話の中でたくさんあるはずの印象的な転機を押しのけるように、迷いなくこう教えてくれた。

「宮崎に行ったことですね」

 3月に上梓したばかりの新刊『定食屋「雑」』(双葉社)の担当編集者が「宮崎の方達、すごく喜ばれますよ!」と思わず声をあげる。原田さんは柔らかな表情でほのかにうなずいた。

原田ひ香(はらだ・ひか)
1970年生まれ、神奈川県出身。’05年、『リトルプリンセス2号』で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。’07年、『はじまらないティータイム』(集英社)で第31回すばる文学賞を受賞。’18年に上梓した『三千円の使いかた』(中央公論新社)がロングヒットを記録し、’22年時点で累計発行部数90万部を超え、’23年に第4回宮崎本大賞を受賞した。最新作は、定食屋を舞台にした心に染みる人間物語『定食屋「雑」』(双葉社)。

●新刊情報
『定食屋「雑」』
真面目でしっかり者の沙也加は、丁寧な暮らしで生活を彩り、健康的な手料理で夫を支えていたある日、突然夫から離婚を切り出される。理由を隠す夫の浮気を疑い、頻繁に夫が立ち寄る定食屋「雑」を偵察することに。大雑把で濃い味付けの料理を出すその店には、愛想のない接客で一人店を切り盛りする老女〝ぞうさん〟がいた。沙也加はひょんなことから、この定食屋「雑」でアルバイトをすることになり——。個性も年齢も立場も違う女たちが、それぞれの明日を切り開く勇気に胸を打たれる。ベストセラー作家が贈る心温まる定食屋物語。