子どもたちの存在が自身の世界をぶち壊してくれた

 自分を認識するためには自分の中にこもっていてはいけないのかもしれない。自分だけの世界は狭すぎる。

「私は人と飲むのが大好きなんです。行き詰まったり嫌なことがあったりしたときは、すぐに人と飲みに行きます。昔はできなかったけど、いまは3~4割の人が大丈夫なので。人と話すと、自分からは絶対に出てこない考えやものの見方を発見できるので、自分から遠い人と話すことほど意味があるなと思うようになりました。泣き上戸なので、よく泣きますけどね。
 つい先日も、フェミニズムについて話が盛り上がったんですが、人間の愚かさが苦しくて涙が止まらなくなりました。でもそうやって言葉を使ったり、人から教えてもらったりして、いろいろなことを認識してつかんでいく作業が私には必要なんだと、つくづく思いますね」

 嫌なことも苦しいことも小説に生かさないといけない。結局、生活のすべてが書くことに結びついていくようだ。映画や音楽も大好きだが、特に好むのは「自分の世界を拡張してくれるもの」「知らない世界につれていってくれるようなもの」「既存の概念を打ち壊すようなもの」だという。

「おまえ小さいよって、たたきつぶされたいんです」

 そういう意味で、いちばん大きな人生でのチェンジは、やはり子どもを生んだことだったと言う。

「自分の世界は閉じたものだったし、自分の人生は強固にパッケージされたものと認識していたんですが、それをぶち壊してくれたのが子どもという存在。何かをするわけではなく、存在そのもので私の凝り固まった価値観や、人間観をぶち壊してくれました。自分の中から出てきたものなのに、自分とは当たり前に他人で、理解できない、よく分からない存在で。そんなことってあるんだという、新鮮な驚きがありました。
 成長過程で、私と娘たち、娘ふたりの違いなども顕著になっていく。それを見ていると、人は血でつながっているわけじゃないんだと思えてきて。血縁幻想を抱いていたわけではないですが、呪いが解けるような感覚がありました」

 子どもふたりを抱えて、死に物狂いで生きていたあの時期が、金原さんの心を少しだけ解放していった時間にもなるのかもしれない。

金原ひとみ(かねはら・ひとみ)
作家。1983年生まれ、東京都出身。2003年『蛇にピアス』(集英社)ですばる文学賞受賞。翌年、同作で芥川賞受賞。’10年、小説『トリップ・トラップ』(KADOKAWA)で織田作之助賞、’12年、『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞など、あまたの文学賞を受賞。’12年から2女を連れてフランスに移住、’18年に帰国。今回、初の試みとしてオーディオファースト作品『ナチュラルボーンチキン』を書き下ろした。

『ナチュラルボーンチキン』

配信日:5月17日(金)
著者:金原ひとみ
ナレーター:日笠陽子
配信URL:https://www.audible.co.jp/pd/B0D33K53SM
あらすじ:仕事と動画とご飯のルーティン生活を送る、45歳一人暮らしの労務課勤務・浜野文乃(はまのあやの)。趣味も友達もなくそれで充足した人生を歩む浜野は、ある日上司の命令で、在宅勤務ばかりで出社しない編集部の平木直理(ひらきなおり)の家へ行くことになるのだったが、その散らかった部屋には、ホストクラブの高額レシートの束と、シャンパングラスに生ハム、そして仕事用のiPadが転がっていて──。 金原ひとみが贈る、中年版「君たちはどう生きるか」。

提供/Audible