浪人中「平日は毎日アルバイト」

 とはいえ、中退して即藝大へーーとはならず、引き続き教育学部で知的好奇心を満たし続けた。

「いま教育学部で勉強していることも好きだし、勉強しきろうかな、と思って。3年生になると教授に“就職活動はしません”と言ってほんとうに一社も受けず、そのまま絵を描くようになって、藝大を受ける準備をしました」

ーー予備校にも並行して通っていたんですか?

「はい、大学4年生から美術予備校に通い始めて、その年に受験して、落ちて。1年間、浪人生活を送りました」

ーー浪人中はどんな生活をしていたんですか?

「平日は毎日アルバイトです。その職場は超多忙で、朝、予備校に行って、終わってバイトに行って、ほぼ家に帰れないくらいでした。それでもイヤにならなかったのは、ほんとうに遠い存在だった藝大でしたが、予備校の先生が現役藝大生だったりして、仲良くなって、ちょっとでも近づいている気がしたからです。

 最初は藝大志望じゃなくて、“どこか美大に行けたらいいや”くらいでした。でも、現実的に私立大学の武蔵野美術大学と多摩美術大学は学費が高すぎて、自分が出せるレベルじゃなかった。だって、授業料が年間250万円くらいなんですよ。一方で藝大は、60万円で済むんですよ。“なんだ、バイトですぐに稼げる額じゃん”と、藝大に絞りました」