「何て恐ろしく、恥ずかしいことをしてきたんだろう」

 それに気づいたら、これまで自分は何て恐ろしく、恥ずかしいことをしてきたんだろうって。突然ものすごく怖くなっちゃったんです。とにかく泣きたくなるくらいに自分が恥ずかしかった。クラスの全員の記憶を消したいとさえ思いました。

『恥』という概念は以降、良きにつけ悪しきにつけ自分について回るのですが、ともかく僕はその日を境に他人に威張り散らすことはなくなりました。明るくてひょうきんな、本来の自分を取り戻すことができた気がします。いわゆる自我の目覚めというやつですね。それから、これは偶然なのですが音楽がどっと心に流れ込んできました。

 最初は坂本九や藤木孝、森山加代子、スリー・ファンキーズなどの和製ポップスです。母の友人からもらった古いギターを弾いて歌ったりするようにもなります。いまでも映画音楽に日本語の歌詞をつけた『ブーべの恋人』や伊丹十三さんも出演した『北京の55日』のテーマ・ソングは歌えます」

売野雅勇 撮影/杉山慶伍

 柔らかなほほえみを浮かべ、ソフトで紳士的な語り口からは、ガキ大将だった面影はまったく感じられない。自我の目覚めから数年後高校生になると、倫理や思想史、哲学史に興味を持つようになったと言う。

「高校生になると、倫理・社会という教科に異様に興味を持ちました。この科目だけテストはいつも満点でした。受験に必須の科目ではないから、同級生たちからは“そんなもの一生懸命に勉強していい成績取っても他人から笑われるだけだろ”ってよく馬鹿にされました。

 でも、それを入り口に哲学に触れたり、文芸評論家・亀井勝一郎と出会えました。亀井氏の著書には“寛容”について書かれたものがあり、それは当時の僕のバイブルのようなものでしたね。全集を買い揃え読み耽り、人生をどう見るか、人生とはなにか、どう生きるかを考えるようになったことは現在の自分につながっているのだと思います。