想像を遥かに超えるものを求められたり

――石井監督とはこれまでにも何度もお仕事されていますが、作品を重ねることで、変化を感じたりはしますか?

「もちろん進化はなさっていると思いますが、圧倒的に変わらないですよね。不思議なくらいビジュアルも変わらないですけど(笑)。最初に出会った頃、実は『箱男』より前に音速光速を超える世界みたいな作品のオファーをいただいて、脚本を読んでも分からない部分も多くありました(笑)。それで絵コンテ台本で監督の世界をみんなで掴んでいったりしてました。でもワクワクしたんですよね! 何度も石井監督にはお世話になっていますが、昔から現場でのパワーや、脚本に込められた思いはやっぱり変わりません。ト書き(脚本に書かれている動きなど)から僕が想像していたものとは、遥かに超えるものを求められたりして。最高ですよね!毎回身を委ねて楽しんでいます」

――身を委ねて。

「脚本という100%のものがあって、僕たち役者は肉体を使ってそれを超える110%まで表現しようと準備していくわけですけど、石井監督の世界に近づくためには、それじゃ全然足りないんです。150、160にいかないと、監督の世界に追いつかない。それが毎回、楽しいんです。そのためにも、身を委ねて、扉を開きまくることで、リミッターを外す。そうしたことが、石井組を経験すると、楽しいところでもあり、監督の世界にちゃんと近づけるか?怖いところでもあります」

――共演者の浅野忠信さん、そして27年前の企画から一緒だった佐藤浩市さんとも、これまでにも何度も組まれています。

「今回、浩市さんとはあまり共演するシーンがなかったんですけど、浅野さんとはお芝居できて、相変わらず楽しかったです。僕が想像しているニセ医者とは全然違うアプローチで来て。そういうのが、こっちは楽しくなっちゃうんです」

――全然違うというと。

「思っていたよりかなり振り切ってました。入りはもうちょっと落としたところからかと思ったら、いきなりポン!と振り切ったところからのニセ医者だったので、“面白いな”と。浅野さんや浩市さんとご一緒するのは、本当に面白いです。もちろん尊敬できる部分もあるし」

――ずっとみなさん活躍し続けているのがすごいですし、やはり刺激にもなって嬉しいものですか?

「そうですね。僕はあまり活躍してないけど(笑)。浩市さんと浅野さんはすごいですよね。あまり言葉にしなくても、一緒に現場に立てるおふたりです。特別な存在ですね。戦友というか、師匠が同じというか。僕の映画の師匠は相米慎二監督ですけど、浩市さんと浅野さんも、相米組の経験者なんです。あの監督と一緒に戦ってきた。同じ世界にいた3人なので、言葉にしなくても分かるところがある。石井監督も、かつて相米さんと同じ会社で戦っていた人ですし」

 1982年から1992年まで存在した「ディレクターズ・カンパニー」は、作家性と娯楽性を両立した映画製作を目指した映画製作会社で、長谷川和彦を代表に石井聰亙(現・石井岳龍)、井筒和幸、池田敏春、大森一樹、黒沢清、相米慎二、高橋伴明、根岸吉太郎の平均31歳の9人の監督により設立された。相米監督は2001年、53歳で亡くなった。

「70年代、80年代、90年代とやっぱり何か特別な時代の空気があって。相米監督がいまもいたら、若い俳優たちにもその世界を体感して欲しかったなという思いが非常にあります。最近、若い俳優さんたちから“相米監督って、どんな方だったんですか”とよく聞かれるんです。“映画観て、好きなんです”って言われるとすげー嬉しくて。ダメなところもいいところも、全部話していけたらと思っています(笑)」

 2020年代となり、時代も空気も変わったが、デビューから40年を超え、永瀬さんは演じ続け、これからも多くの役を演じていくだろう。永瀬さんとの現場を体験する若手たちも、たくさんのことを吸収しているはずだ。

永瀬正敏(ながせ・まさとし)
1966年、7月15日生まれ。宮崎県出身。1983年に相米慎二監督の映画『ションベン・ライダー』でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督『ミステリー・トレイン』(89)で主演をつとめて以降、海外映画へも多数出演し、海外でも知られる俳優。また写真家としても活躍する。台湾映画『KANO~1931海の向こうの甲子園~』で、金馬奨で中華圏以外の俳優で初めて主演男優賞にノミネート。アジア人俳優として、『あん』『パターソン』『光』にてカンヌ国際映画祭に初めて3年連続で公式選出された。最新作は安部公房の小説を映画化した『箱男』。『五条霊戦記//GOJOE』(00)、『蜜のあわれ』(16)、『パンク侍、斬られて候』(18)などでも組んできた石井岳龍監督との、27年越しの悲願を実現させた。待機作に『徒花-ADABANA-』がある。

●作品情報
映画『箱男』
監督・脚本:石井岳龍
原作:安部公房
脚本:いながききよたか
出演:永瀬正敏、浅野忠信、白本彩奈/佐藤浩市
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
https://happinet-phantom.com/hakootoko/