休むようになったのは、事務所を移籍してから
──つまりは質より量、ということですか?
「いえ、質も量もです。“いつセリフ覚えるの?”、“いつ寝てるの?”っていう状況の中でも、平気な顔してエネルギーに満ち溢れている。パワーと情熱は誰にも負けない。オレは無敵だみたいな感じです。それがコロナ禍前後で一度、精神が崩壊したんですよね。心が壊れたんでしょうね。立っていられないというのが何か月……いや何年も続きました」
──立っていられない……?
「しゃがみ込んじゃうんです。気持ち悪くなってしまう。吐き気と涙が止まらない。休むようになったのは、事務所を移籍してからですね。“心と体を休めて充実させなさい”と言ってくださって。最初は怖かったですよ。働き続けることでどこか安心しているようなところがありましたから。自分の存在意義がなくなってしまうような気がして。でも、ゆっくり心を休めて、体も休めて、作品に臨むと、“これだけ自分の情熱を捧げられるんだ”と気付かせてもらえた。馬車馬のように、じゃないけど、次から次へとやってきたからこそ思えたことなんじゃないですかね」
事務所の移籍が、心身に大きな変化を与えたと言っても過言ではないだろう。そんな滝藤さんが出演した映画『私にふさわしいホテル』は、原作小説の舞台でもある東京・山の上ホテルを使って撮影が行なわれた。川端康成、三島由紀夫、池波正太郎…名だたる文豪たちに愛されたこのホテルで一心不乱に執筆中の後ろ姿は、滝藤さん扮する大御所作家・東十条宗典。最初の登場シーンから作家としての苦悩やスランプっぽさがどことなく伝わってくる。
「実際に名だたる文豪が使っていた部屋で撮影させてもらったんです。“作られたストーリーの中にどれだけ真実が入っているのかが大事だ”というようなことを『無名塾』時代に仲代さんから教わったのですが、此処で作家の方たちが書いていた……という真実が一つあるだけで、そこに自信を持って居られるというか。そこにいることを信じさせてもらえるといいますか。我々が生きているのは虚構の世界なので、ひとつでも真実が欲しいんです。だから、山の上ホテルで演じさせてもらえたというのは、僕にとってはすごく大きな意味があって、結果、僕が何をせずともそういう雰囲気は伝わるように思います」