次は声優の仕事にも挑戦してみたい
しかし、監督はそういった誇張した芝居ではなく、自然体の芝居を欲していた。最初は戸惑いましたが、監督の言葉を信じて演じたものを見てみると、「こういうことだったのか」と腑に落ちたんです。当時は、まだまだ若く見られたいという欲もあったんですが、年齢相応に自然体でやっていこうと、決意した瞬間でしたね。
中には、役者は自分以外の人間になれることが面白いという意見もありますが、僕はあまりそう思ったことはありません。常に、「もしも、升毅がこんな役を演じたら?」という、いわば“もしもシリーズ”で芝居に向き合っています。すべて自分というフィルターを通して表現したい。
若い頃は、出演作を見ては反省することも多かったですが、今は省みることはありません。後から振り返ったところで、もう取り返しはつきませんから。そのシーンがしっかり成立しているのなら、たとえ自分がいい表情をしていなくても、それはそれでいいと思っています。
今年で70歳、また“10年転機”がやってきます。次は声優の仕事にも挑戦してみたい。自分以外の人、物、動物の気持ちを表現してみたいですね。
今回、出演した映画『美晴に傘を』も、初めての試みがありました。僕が演じたのは、20年に及ぶ音信不通の果てに、息子と死に別れた父という役。初めての役柄だったので、自分自身に置き換え、想像しながら演じるのは難しかったですね。
登場人物それぞれに生活があって、それぞれの思いがある。家族や親子との関わり合いが、すごく繊細に描かれたすてきな作品になっています。ぜひ、小さな町で生きる人々の生活感や息遣いに触れながら、人間関係の温かさを感じてほしいです。
升毅(ます・たけし)
1955年12月9日生まれ。東京都出身。75年、NHK大阪放送劇団付属研究所に入所し、翌年初舞台を踏む。85年、演劇ユニット『売名行為』を結成。91年、劇団『MOTHER』を立ち上げ、座長を務める。2025年2月には、主演舞台『殿様と私』が、まつもと市民芸術館他で公演予定 。
映画『美晴に傘を』
小さな町の漁師である善次(升毅)は、喧嘩別れをしてから一度も会っていない息子の光雄(和田聰宏)をがんで亡くす。東京で執り行われた葬儀にも出席せず四十九日を迎えようとしていたところに、光雄の妻と娘たちが、善次の元を訪ねてきて……。
配給:ギグリーボックス
1月24日(金)より、東京・YEBISUGARDEN CINEMA他で全国公開
(c)2025 牧羊犬/キアロスクーロ撮影事務所/アイスクライム
公式サイト: https://miharu-movie.com/