音を聞いただけでプレイヤーの名前を当てるゲーム

 この『コンボ』でのあるイベントが湯川さんの「耳」を育てる。

「ショーティさんという愛称のマスターが、“次のこのアルバム、ブラインドフォールド・テストでコーヒー賭けるよ”って言って、喫茶店にぎゅうぎゅう詰めで入ってるお客さんが、アルバムの内容を見ずに音だけを聴いて当て合うんです。トランペットが聴こえ始めると“マイルス!”とか“ディジー・ガレスピー!”とか、プレイヤーの名前を叫ぶの。

 それが『ブラインドフォールド・テスト』なんですね。全問正解すると、コーヒーがただになる、っていう、そんなことをよくやっていて楽しかった。ただ、最初のころは、私はトランペットやサキソフォンの音の区別もつかなかったんです。でも毎日のようにそんな環境にいると、ミュージシャンの名前や楽器をどんどん覚えていく。まだ高校2年生でしたけど、あの時の日々が自分の土壌になったと思います」

 ジャズ雑誌『スイングジャーナル』への投稿を始める湯川さん。ジャズ評論家としてのキャリアがスタートしたきっかけだった。

「その『コンボ』で夢中になって一緒にジャズを聴いてた大橋巨泉さんは、本格的に評論家として書き始めるんですね。ジャズの専門誌『スイングジャーナル』には巨泉さんだけではなく、野坂昭如さんもお名前が出てきて、“私も同じようにジャズを聴いてきたのにな”って思うようになりました。“巨泉さんに書けるんだったら私も書けるわよ”って(笑)。それで『スイングジャーナル』の読者論壇というページに投稿したら掲載されたんですよね。そうしたら、その記事にファンレターが来たそうで、まだ25歳の編集長だった岩浪洋三さんが、私に<一度お目にかかりたし、お電話乞う>という電報を送ってきてくださって。それがものを書くようになったはじまりでした」

 まだ女性のジャズ評論家、それどころかライターも少ない時代。その草分けとして走り出す。時を経て1980年代に入ると、「作詞家・湯川れい子」として時代を代表するヒット曲を次々に生み出すことになる。

ゆかわ・れいこ
1936年1月22日生。東京出身。読者としての投稿がきっかけで1960年にジャズを専門とした音楽雑誌『スイングジャーナル』で執筆を開始する。以降、音楽評論家、作詞家、ラジオDJとして幅広く活動。エルヴィス・プレスリーやマイケル・ジャクソンといったアーティストに関する原稿を数多く担当したほか、ディズニーのアニメ版『美女と野獣』『アラジン』などの日本語詞を手がけた。

湯川れい子『私に起きた奇跡』(ビジネス社)
定価:1,760円(税込)