「自分の存在価値みたいなものが揺らぎました」
――それまでは順調に来ていただけに。
「20代半ばを過ぎたころ、他の友達は就職したり、田舎に帰ったりしていきました。そのとき、“女優を続けるのかどうか”を初めて考えました。でも田舎に帰っても、両親も離婚しているし、父も学生時代に亡くなっていました。家はあるけど、“帰ってこい”という人もいない。田舎でやりたいこともない。自分の存在価値みたいなものが揺らぎました。女優として“自分はすごい”と思える瞬間と、“最悪”と感じるときのジェットコースターのような精神状態でしたね」
――そこからどうやって抜け出したのでしょう。
「それでもやっぱり本当に女優をやっていくのかどうか、もう一度自分に問いただしてみて、“やっていくならもう一回ゼロから出発だ!”と思ったんです。正直、演じる側としてはカメラのサイズが大きかろうが小さかろうが、あまり違わなくて。今まで自主映画でものすごい量のセリフをしゃべっていたのが、いまはほんのひと言ふた言になる。そうなると、ホントのことを言うとつまらなかったです。でも、そこからもう一度やるんだと自分に言い聞かせてました」
――まさにチェンジの瞬間ですね。
「それが今自分に来ている女優としての仕事なんだから、ちゃんとやらなきゃダメだと自覚しました。“今の私はここなんだから”と。再出発と言うと大げさだし、そこまでいろんなことをやってきたわけじゃないけど、ただ“自主映画の女王”みたいに言われたのとはまた違うんだ、ゼロからだと。
結局、女優の仕事が好きだったんですよね。これを続けるなら、本当にプロとしてきちっとゼロからやらなきゃダメなんだと。それで小さな仕事でも、何かちょっと爪痕を残すような、少しあざとい演技をしたりしていったのかもしれません(笑)」
室井さんにそんなふうに悩んだ時期があったとは。“もう一回ゼロから出発だ!”と奮起してくれたから、その後の心に残る作品が生まれていった。
むろい・しげる
富山県出身。早稲田大学在学中より「自主映画の女王」として知られる。81年に『風の歌を聴け』で商業デビューを飾り、『居酒屋ゆうれい』(94)、『のど自慢』(99)、『OUT』(02)、『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』(09)などで多くの映画賞を受賞した。近年の主な出演作に『大コメ騒動』(21)、『七人の秘書 THE MOVIE』(22)。最新作は京都の老舗扇子店の女将を演じた『ぶぶ漬けどうどす』。作家としての評価も高く、近著に絵本「タケシのせかい」、エッセイ「ゆうべのヒミツ」がある。
●作品情報
『ぶぶ漬けどうどす』
監督:冨永昌敬
企画・脚本:アサダアツシ
出演:深川麻衣、小野寺ずる、片岡礼子、大友律、若葉竜也、松尾貴史、豊原功補、室井滋
配給:東京テアトル