ガイドボーカルの仕事にさらに魅了されていく日々
「大学1年で、すでに就活する気がなくなりました」と当時を振り返り、笑う山下さん。
「時間はたっぷりあるので、いろいろな方に“なんでも対応しますからお仕事をください”と言って回りました。とはいえ、まだアマチュアですから、作家さんのスタジオに歌いに行って電車賃として2000円をいただき、また別の作家さんの家に行く……という日々でした。アルバイトとしては割がいいとは言えません。
でも、作家さんごとに異なるさまざまな要望に応えるたびに、“私、こんな声が出せるの?”って、自分の歌声なのに新鮮で驚かされるんですよ。毎日、自分の新しい魅力を引き出せるのがとにかく楽しくて、病みつきになりました」
生来の探求心に火が付き、どんなジャンルの歌でも歌いこなせるようになっていった山下さん。大学時代から売れっ子だったようで、「4年生のときは、卒業するため必死に単位を取りました」と苦笑い。
評判が各方面に伝わり、ドラマの劇中歌、ゲームの主題歌など、仕事の幅も広がった。そんな「仮歌の女王」が、特に印象に残っている依頼とはどんなものか。
「あるコンペで、“ロックバンドのマキシマム・ザ・ホルモンさんのような、デスメタルの女性版を作りたい”と言われました。特徴的なデス声での歌唱を求められたのですが、デスメタルを聞いたことも、もちろん歌ったこともなかったので、その場でサンプル音源を聞かせていただいたんです……が、あまりの衝撃に言葉を失いました(笑)。
“私にできるかな?”、“何度も歌い続けたらのどをつぶしてしまいそう”と不安がよぎりました。でも、かわいい系の声の私に、よく勇気を出してこのコンペで歌ってもらおうと声をかけてくださったなと考えると、私なりに背いっぱい期待に応えたいと思ったんです。のどを守るために、なんとか3テイク以内におさめられるよう集中して歌いましたが、25年の仮歌人生で一番のむちゃぶりでしたね(笑)」