声で表現するうえで意識したこと「その瞬間瞬間の思いを生かしました」

 村上春樹さんの世界を声で表現するうえで、意識したことはなんだったのだろうか。

「その瞬間に出てきたもの、ライブ感を大事にしたいという思いは強かったです。この人の声はこういう感じで、と完全に準備するやり方もあったんですけど、今回は登場人物を事前に振り分けることをしないというやり方で、その瞬間に自分がどう心が動くかなというのを大事にしながら収録しました。
 実際に読み始めたときに、登場人物によって声の質感を変えるかどうかというのも、その瞬間瞬間の思いを生かしました。結果的に、軸となる主人公の声があり、他の登場人物たちの声を少しずつ変化させながら雰囲気を変えていくという作業は、楽しい時間でした」

井浦新 撮影/有坂政晴

 音源を拝聴すると、少女の声がとりわけ女の子っぽくというわけではなく、微妙なニュアンスでそのキャラクターが伝わってくるという表現で、その絶妙さに引き込まれる。

「本当に少し質感を変える、という感じですよね。おそらくあまり極端だと聞いてられなくなると思うんです。きっと舞台上のライブでやった場合は、目で見て楽しめるので、女性的な声を女性の芝居をしながら演じていくということも、スッと受け止められると思うんですけど、音声で何時間、何十時間となると、ややつらくなりますよね。
 耳だけで受けて、頭や脳や心を使って、景色をイメージしていくのに、邪魔にならないギリギリのところはどこなのかというのは、探りながら作り上げました。Audibleだからこその楽しみ方みたいなものを、模索して完成させられたかなと思います」